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せんど

さんによう

しっかい

有徳人山一つあなたに屋敷を構ゆる、名誉の有徳人でど ざる。それがし先度このあたりの耕作人に金銀ノ用立て てどざるが、日切りが過ぎてもいつかな算用せぬによっ て、利に利が積んで山となつた。昨日の日切りでちゃう どきやつが家一跡田畑、身ぐるみ悉皆身共がものちゃ。 この先置いてこの上利が積んでも、きゃっはさらに得返 すまい。また身共においても何の得にもならぬ。今日タ きびしう取り立てうと存ずる。きびしう取り立っるに は、まづ見てくれちゃ。口をかう引き結うで、眉根をか う寄せ集めて、肩をかう立て怒らせて、サテそろりそろ りと、イヤ、急いで参らう。

こんにつ

むす

耕作人ャ、あれに見ゆるは、山一つあなたの有徳人では ないか。遠目にもきびしう口を引き結うで、眉根を寄せ 集めて、肩を立て怒らせて、まっすぐこちらに急がるる は、さだめし身共に貸した金銀ノ取り立てらるるに極ま った。あいにく表で匿るるところとておりない。どこぞ によい匿れ場所はないかしらん。さうちや、この梅の木 に匿れう。

有徳人ハテ、遠くから見たれば**と見えたが、近寄っ て見れば梅の木さうな。との梅の木は枝ぶりもよく、花 も美しう咲かすれば実り夥しう着くるによって、やがて 梅干にして売りに出さうと、疾うから目を付けてみた。

新作人ちとちのが怖はいかして。

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有徳人何とてそれがしが怖はいぞ。

耕作人実が付いたら構へて余さず落といて、梅干にして 売りに出さうと、じじじじと見つめらるるこなたのお目 付きが怖はうて。

有徳人おのれ、身共を掲るか。

耕作人私ではござらぬ。梅の木が申しますることちゃ。

有徳人ならば梅の木といふことにして、梅の木に申し聞 かすることがある。ヤイ梅の木、昨日ぎり身共が女の主 人になったを承知か。

耕作人 私の主人どのは疾うより **様と承知しまする

が。

有徳人、その** は身共に金銀ノ借りて、日切りが来ても 算用得せぬによつて、利に利が積もって山となり、昨日

耕作人おんおんおんおん。このやうに悲しいことはごさ りませぬ。

有徳人身から出た錆と申すことぢや。

耕作人イャ、私が悲しいは昨日までの主人の上ではなう て、今日からの主人どののお為でござりまする。

有徳人何と申す。もそつと詳しう申してみよ。

耕作人あのやうな放埒な仁を奉公人に持たるるこなたの お不仕合はせを思ひますると、涙が止まりませぬ。

有徳人それほど放埒なか。

耕作人放埒も放埒。ものの道理も弁へませぬ。

有徳人ものの道理とは。

耕作人たとへて申せば、となたのお情深いお人となりも 弁へず、いたづらに怖ちおそれてみることでござります

る。

有徳人身共がことを情深いと申すか。

耕作人利を付け子を付けられぬならば、借りた者はつい 安心して、精を出しませぬ。

有徳人なるほど出さね。

耕作人精を出さねば いよいよ困窮いたしまする。

有徳人ホウ。

耕作人そこで利を付け子を付けらるるは、酷に見えて慈 悲にござりまする。これ、お情深い証拠でなうて、何と しませうぞ。

有徳人さうもあらうか。

耕作人しかも慈悲に利を付け子を付けらるるも本ではど

しから ざりませぬ。

有徳人本でないとは。

耕作人本ではなうて、かりそめでござりまする。

有徳人かりそめとは。

耕作人借りた者が精に精を出しましても、あいにくにい

りまする。

有徳人わがことながら、そこまでとは知らなんだ。

耕作人わがことにさへ気づかれませぬほどにも、お慈悲

が完うわたらせられまする。

まつた

有徳人それほど慈悲深うあつたとはな。

耕作人ご本人は気付かれずとも、世間は疾うに気付いて

をりまする。

有徳人気付いてをるか。

耕作人気付きも気付 S たり。気付 S たればこそ、となた を名誉の有徳人と呼びますることぢゃ。

有徳人それは身共も聞いてみる。

たた

耕作人世間がとなたを名誉の有徳人と称へまするは、口 先ばかりではござりませぬ。

有徳人口先ばかりではないか。

耕作人その証拠には、いったん家一跡田畑はもとより、

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