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た矢先、また同じように長いエスカレーターが待ち受けて
いるのが見えた。いいわ、今度は二人ともあたしが連れて
降りるから。通路の端に人波を避け、泣きじゃくりながら
私の手を離れ駆け寄って行った二人の娘をしゃがみ込んで
しっかりと受け止めて、女房が言った。そうして、下の娘
だけでも引き受けると差し伸べた私の腕を無視して、女房
は娘二人を両腕に抱き上げた。

何もあんなに腹を立てることなんかないのに。いつだっ
てそうなんだから、子供に嫌われるのよ。あんた、鼻の頭
から血が出てるわよ。女房は険しい表情でそう吐き捨てる
と、先にエスカレーターを降り始めた。その肩越しに、長
女が後からスポーツバッグだけを提げて降りる私のことを
赤く泣き腫らした白眼を剥いてずっと睨み続けていた。長
女は、私と一と言も言葉を交わさない子供になってしまっ
ていた。

エスカレーターはさらにもう一基あり、それを降りると
最後は階段だった。泣き止んだ次女を私が再び引き取って
抱き、女房が長女の手を引いて階段を降り始めたとき、新
幹線の発車を告げるベルが鳴り出した。やっとの思いで乗
り込んだ私たちを待ち受けていたかのように扉が閉まり、
「やまびこ」は地下四階のホームからゆっくりと発車した。

お兄ちゃんに、これ一枚やっべ。男が写真を押しつける ようにして私に寄越した。いや、いいです、と私は軽く手 を振った。まあまあ、遠慮すっとどれえべ。男は執拗な目 付きになってすすめ、押問答の末結局私の前の小さなカウ ンターの上にその写真は置かれた。

それからはこちらに話し掛けることもなくコップ酒を飲 んでいた男は郡山で降りた。私の前を擦り抜けるとき、床 にこぼしたつまみのでんろく豆を踏み潰す音がした。

もうすぐ仙台に着くという車内放送が流れると、頂に三 基の送信塔が立っている小高い大年寺山が左手に見えて来 た。もうすぐ広瀬川にさしかかる、と私は心待った。まも なく、速度を落とした列車が川を渡り始めると、ようやく 私は帰省の気の弾みを覚えることが出来た。子供の頃ちょ うど今渡っている真下辺りで、手摘みの魚捕りに夢中にな っているときにお化け鯉を見たことがあった。私は女房子 供に、これが広瀬川だと教えた。私達は、郡山から家族で 向い合わせに座っていた。歌の文句ほど綺麗な川じゃない わね、と女房が白けた声を出した。

駅近くになって、列車が緩く迂回する最中に、母校であ る高校の建物が目に入った。コンクリートの建物の屋上に は、在学中に私が建てたアマチュア無線用のFMHz4エ

私達は、タクシーで生家へ向った。途中で、再び長女が 吐いた。少しシートを汚してしまって、とおろおろする女 房を、気にしないで、子供連れじゃよくあることだから、 と運転手が宥めてくれた。やっぱり東京のタクシーと違っ て親切ね、と女房が私に耳打ちした。

お袋は、タクシーが停まる通りまで出て待っていた。よ く来たねえ、というお袋に、女房が突然の訪問を詫びた。 二人は前に長女の出産の際に会っていた。私は三人兄弟の 末っ子だが、長女は親父とお袋にとって初めての孫だっ た。わざわざ上京して産院に見舞いに来た 両親は、喜び よりも早過ぎる出産に強い当惑を隠さなかったものだっ

た。

この人が、絶対に知らせるなって言うもんだから、と女 房が弁解し、二人の女が、まったくしょうがな い ん だか ら、という目で私を見た。それでも目元に思S がけない喜 びが滲み出ている様子に、長女が生まれて間もなく、お袋 は子宮の全摘手術を受けてから、穏やかな顔に変わったな と私は感じた。

家に入ると、真っ先に目に覚えのある振り子の付いた柱 時計が傾いてかかっているのが目に付いた。台所の椅子を 踏み台にしてその時計のゼンマイのねじを巻くのが、少し 誇らしい家の手伝いだった頃があった。丸い小窓の色が、 青から白に変わり、そして赤くなると巻かなければならな

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