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たましきの都のうちに、棟を並べ、壁を争へる、高 き、いやしき人の住ひは、世々を経て尽きせぬものなれ ど、これをまことかと尋(5)れば、昔しありし家は稀 なり。或は去年焼けて今年作れり。或は大家亡びて小家 となる。住む人もこれに同じ。所も変らず、人も多かれ ど、いにしへ見し人は、二三十人が中に、わづかにひと りふたりなり。朝に死に、夕に生るならひ、たゞ水の 泡にぞ似(た)りける。

とはいえ「隠」の思想は滅びの観想で終るのではなかっ た。そこを隠者文学の矛盾として衝かれたとしても、一向 に構うまい。帰するのは「無」だから、あとは野となれ山 となれ、何一つ積極的に着手するには及ばず、成行くま ま、荒れすさむままにすればよい、というのではなかった のである。「無」が最終の帰結であればこそ、「無」にあや またず到達すべき途上の歩みと途上の宿りは逆説的に S と も重要なものだった。といっても隠者には金殿玉楼は不要 であり、衣食の督など以てのほかである。「最小単位とし ての家」が隠者には絶対に不可欠であったというだけのこ とだ。「隠」は人目につかぬ山里の設に姿を隠すことで条 件が満足されたのではなく、居住の最小単位の確認と獲得 によってはじめて充たされるものだった。鴨長明の家、 「方丈」はまさにそれである。

やりの実約点として、最大の関心事を形成したとはいって も、それを試美し、声高に喧伝するなど、およそ考えられ なかったと言ってよい。もっとも、『方丈記』をはじめと して、隠遁の日々においてさえもひそかな快適を求めよう とした草庵整備、設営の次第は種々語られてはいる。だが どこまでもそれは、隠れの場に秘められた快適さの希求で あり、外に対して、人の世に向って言い立て言い募る話柄 ではなかった。

いま、日野山の奥に跡をかくしてのち、東に三尺余の 此をさして、柴折りくぶるよすがとす。南、竹の簀子を 敷き、その西に開伽棚をつくり、北によせて障子をへだ てて阿弥陀の絵像を安置し、そばに普賢をかき、まへに 法花経をおけり。東のきはに隣のほどろを敷きて、夜の 床とす。西南に竹の吊棚を構へて、黒き皮龍三合をおけ り。すなはち、和歌・管絃・往生要集ごときの抄物を入 れたり。かたはらに、琴・琵琶のく一張をたつ。S はゆる、をり琴・つぎ琵琶これなり。仮りの花のありや う、かくのごとし。

この一節から、美的隠遁の形象を何としてでも読み取り たいというなら、声が低く抑えられてはいても、何程かの 快楽主義や耽美主義を文中から析出しうるのも確かだ ろう。それは、兼好が『徒然草』(十段)で、「家居のつ

の流とゞまるべき芦の一本の陰たのもしく、軒端茨あらた め、垣ね結添などして、卯月の初S とかりそめに入し山 の、やがて出しとさへおもひそみぬ」と語った

なり、彼は心ゆくまで生離宮を語ってやまない。しかもそ れは建築家の専門的観察にしてはじめて可能な全体把握に たえず直結しながら、次のように細部を味わうのである。

ところが左方の御庭は厳しい分化を示しているのだ。
背後に無限の精神を蔵しているこの関係の豊かさに、最
初は息づまるばかりの感じであった。池中の岩のうえに
は亀、五月の陽光のなかに頭を操げていたが、やがてど
ぶんと水のなかに飛込んだ。

御殿―第一(古書院)・第二(中書院)・第三(新書
院)の御殿は、それぞれ九〇度ずつ軸から出張って後方
ヘ雁行している。(一匹の雨蛙が私達のあとからついて
きた)。中書院の見事な絵と囲炉裏の間その他。用材は
すべて簡素な素木であるのに、なんという高雅な釣合で
あろう。親王の御居間(新書院・上段の間)とその奥の
美しい棚(桂棚)。御庭はここでは単純そのものだ。障
子をあけた庭の眺めの安らかさ。

この一節でタウトが言おうとした眼目は、建築と庭園の さまざまな特徴にわたってはいるものの、集約すれば、桂 離宮とは細部の無限の変化と豊かさに他ならぬ、というこ とである。しかしここで予備的に、最小限度の記述でもっ て「桂離宮」を百科辞典項目ふうに紹介しておく必要があ るかもしれない。

既に言ったように、タウトは桂離宮がすみずみまで精緻 に「構成」されており、一寸一分の隙もないと認めた。当 然、そこには作者が存在したにちがいない。タウトはいつ しか、旧来の通説を吸収した形で「作者は小堀遠州」と考 えるようになるのだが、この最初の段階では遠州の名はま だ出てこない。ともあれ、極度の意識性をタウトは桂離宮 から感じとったといってよかった。やや砕 い てそれを敷衍 するなら、桂離宮は参観者に対して超高速で意識の刺戟を 与えつづける構造体なのである。歩を運ぶどとに印象は 次々と微細に更新され、瞬間的な驚きがくりかえされる が、全体的統一は消滅しない。つねにそれは「これが桂離 宮だ」という驚きを伴う意識状態に置換され続けてゆく。 そのために心的蓄積と昂進が生ずる。全体的統一と細部の 分化とは切り離せないという逆説なしでは、その回遊路を 歩くのは不可能だ。第一、ここの回遊路のほとんどの個所 は足もとが平らかでなく、危うい。精神と身体両面での平 衡感覚の集中は不可避なのだ。

タウトはまたそれを、この建築と庭園の「関係の豊か さ」とも直観した。たとえば、古書院月見台前方の池畔、 右手に嫌躅の咲くあたりには「心を和ます親しさ」を感じ とることができるのに対し、左手の林泉の相は「厳しい」。 だがそのどちらも桂離宮そのものであり、対蹠的な特性と 雰囲気の併存は全体性を破壊しているのではなくて、かえ って全体を「関係の豊かさ」において高度に統合するのに

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