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らく休まなければならない。立ち上がると必ずたちくらみ のようなめまいがする。

書斎の一方だけに窓があって、窓の外は一メートル足ら
ずの間隔しかなくて、一段高くなっている隣のアパートと
の境のである。壁は部厚く粗いコンクリートで覆われて
ある。この狭い一メートルの間隔に一年じゅう陽のさしこ
むことはない。それでも夏が近づくと、どこからか意の受
がコンクリートの表面を這い のびてきて、貧弱な葉をつけ
始めるが、崖の上からは去年の雑草が枯れきって垂れ下が
っている。窓から見えるのはそれだけだ。

他の三方の壁は本棚がふさいでいるが、四畳半の壁の前
に並べられる本の量は極度に限られている。とりわけ窓際
に置いた机の両側は最低三回、ほとんど五回は読んだ本だ
けだ。背文字のタイトルを見ただけで、中に書いてある主
な文章を思い浮かべられる。本の他に装飾品の類はない。
まるで自分の頭蓋骨の真中に坐りこんで、自分の脳神経細
胞の迷路を眺めている具合だ。かすかにひび割れが走る灰
色のざらついたコンクリートの表面が、頭蓋骨の内側にそ
っくりである。

引越し道具を使って迷路をつくっていたあの物置の中と
同じではないだろうか。

( (つづく)

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ールができるっちゅう噂は、宿毛のほうにも伝わっちょ る。こないだも、宿毛におるわしの友だちが、いつ

を止めると窓のところに戻ってきた。
「ブレーヤーもスピーカーもええ調子でなァし。一月十日
なんて言わんと、正月の三が日が終わったらすぐに開店す
りゃあええのに」

政夫の笑顔がふいに歪んだ。小さくて短かい政夫の悲鳴
のあと、房江の立っているところから一メートルも離れて
いない地点に政夫は頭から落ちた。政夫は房江の足元にう
つぶせに倒れたまま、鳩の鳴き声に似た音を喉から絞りだ
した。

房江の悲鳴で、熊吾が縁側から飛び出してきた。房江
は、いったい何が起こったのか、よくわからなかった。政
夫の名を呼びながら、その肩を揺すろうとした房江を制
し、熊吉は、
「動かしちゃあいけんぞ。ええか、絶対に政夫の体を揺す
ったりするなよ」

と言い残し、裸足のまま、どこかへ走っていった。
タネが家から出てきて、首をかしげながら、
「どないしたん?」

と至極のんびりした口調で訊いた。ヒサと明彦も出てき
た。それにつづいて、千佐子と伸仁の政夫に近づこうとし

た。

「ノブと千佐子は、家のなかにいときなさい」

房江はそう叫んだ。 「政夫さん、酔うちょりなはるの?」

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