あなたのほうが赤みがかった大きな塊の誘惑を目の前に つまりあなたは今まさに、その肉を我がものにしてくれ あなたは自問する、こうした事態が過去にも自分の身に の上にあった肉なのか、絵のなかの男の子なのか、それと も絵のなかの猫の澄んだ瞳に映っていた猫なのか。こんな のは生活ではない。 あなたは必死になってこの記憶を消すための消しゴムを 探すだろう。あなたの尻尾が、あなたの背後でつながって いる部屋の二面の壁が形成する九〇度の角に向かってだら しなくすべっていく。あなたは自問する、自分が猫である という条件が自分にこうした客観的な形で世界を見せる結 果をもたらすのか、あるいは自分の迷い込んだ迷宮は、自 分にとっても、食卓の傍の男にとっても日常的空間なので はあるまいかと。それとも男も自分も、あの自分の上にあ る眼の幻覚にすぎず、それが自分にこんな緊張を純粋な文 学訓練のために甘んじて受けるように仕向けているのでは ないかと。もしそう考えているならまちがいだ。あなたが 自分で体験した事実を統合することを可能にする関係がな にか存在するにちがいないからだ。あなたをその場に立ち あわせた事実、あなたが居合わせたことによってあなたが 見られた事実。あなたが見たあなたとともに見られた事実 との曖昧な関係のなかで、あなたが不動のあなたを見た事 実。あなたはもしかしたら自分も一二一人宣言に署名でき るかもしれないと考えている。それとももしかしたら自分 が一二一人によって署名された宣言そのものかもしれない と。仮に、あの男があの絵めがけて跳びかかって男の子を 口にくわえたので、あなたが絵のなかまで男を追っていっ たのだとしよう、居酒屋のドアをくぐり通りに出ると、白 っぽいふわふわの雪が舞っている、はじめは斜めに、やが いと思っているのだ。さてこの猫には筋の逆転や急転換や さてあなたは、こうした展開なら自分がこの部屋や、そ Sま一匹の猫が、部屋の壁面が直角をなして交叉する角 にいる。かれのひげの先端から食卓までは五歩ある。 (一九六一年) |