ページの画像
PDF
ePub

義的感覚によって解釈されたルチーアで、マンゾーニのヒ ロインの誕生を予期していたアッビアーニによって描かれ た、あるいは刻まれたということなどあるまい。それとも (この場合、一番安易で教条的なアレゴリーに阻すること になるが)、ともかくもロンバルディーアの作家との血縁 関係を示そうとするイタリアのイメージだということだろ うか? 『カルマニョーラ伯』の作者の政治活動の過大評 価、それともイデオロギーの言語への還元というアヴァン ギャルド特有の作業(マンゾーニイタリア語の父であ り、ゆえに国家の父である云々というのは、グループBの 危険極まりない三段論法である!)か。物語の支離滅裂さ は読者に悪意を抱かせ、いずれにせよ若者の感覚を堕落さ せる他はなく、それゆえ、少なくとも彼ら、そして無教養 な階級は、その関心がこれらの著作から遠く離れて置かれ ることが望まれる。

しかし、内容の矛盾はこの程度でとどまらない。新古典 主義であれ、ブルジョア的・写実主義であれ(だが二人の芸 術家の肖像と裏面の風景は、もっとも偏狭な社会主義リア リズムの原理に沿っているように見えるが、これは中道左 派政治への偏向なのだろうか?)かくも厳密であるのに 異国趣味風のモチーフが乱暴に挿入されているのは何を意 図したものか理解に苦しむ。『所持者に一括払い』とある ところでは、密輸品と交換になにか手に入れようと列を作 っている綿花の包みを背負った黒人の行列とアフリカの隊 商の図柄が、まったく別の文学モデルでやり直すべき文脈

の装飾がアンリ・ミショーのメスカリン世界への旅行の絵 日記のようなサイケデリックな幻覚から着想を得ているの に対して、肖像

ている番号を打たれた版は、目印となるその数字を通し て、個々人への内奥の所有の可能性をいまだに私たちに約 束してくれるようにみえる。だがそれは偽りなのだ、なぜ なら、個々の版が与えてくれないあの保障を継続的な交換 を通し回復しようとして、知的浪費癖が忽ち読者を別の写 本、別の版への追求へと導くであろうことは周知のことだ からである。記号の世界における一つの記号として、これ ら個々の作品は私たちを事物から引き離すための手段を表 している。そのサイケデリックな前衛さが一層深い精神異 常を隠蔽しているのと同様にその現実主義は偽物である。 ともあれ、書評のための献呈本を送っていただいたことに ついて出版社に感謝する次第である。

(一九六七年)

『0嬢の物語』(アリアドネーのための書評企画)

恋人との夕べのために準備する女性にとって、どれだけ の時間とどのような気遣いが必要でしょうか? この欄で は幾度もこの問題に取り組んできましたが、ボーリーン・ レアージュの偽名の後に隠れることを選んだ国際的に著名 なさる美容師の筆によるものと思われるこの小冊子の出版 を機会としてそこに立ち戻ってみることもよいでしょう。

この本の推奨すべき点は、身嗜みの手引書やその方面の 週刊誌のコラムではしばしば見落とされがちですが最大級

福永武彦全集

全20巻/新潮社版 定価各3090円(税込)

風土

塔草の花 ◎夜の三部作 の心の中を流れる河愛の試み の加田伶太郎全集 6暖市告別 の忘却の河 幼年 ◎海市

風のかたみ 3死の島(上) の 死の島(下) の独身者夢の輪 詩集象牙集 の別れの歌 遠くのこだま 6枕頭の書秋風日記 意中の文士たち 異邦の薫り の内的独白 一九四六文学的考察 ボードレールの世界 @ゴーギャンの世界 の藝術の慰め彼方の美

物語の文章は、退廃的なマンネリズムによってしばしば 損なわれている。それゆえ、著者に対して、同時代の社会 の分析を導くためにマーシャル・マクルーハンの疑わしい 詭弁にこれほどまで盲目的に従わないように勧めたく思 う。作者が登場人物の人間関係を描く際の障害には、そこ ここにまだ古典的な考え方の残滓が覗いている。おそらく は、エロティックなシーンの描写においてもっと決定的で 写実的な文体が作者には推奨されるだろう。現代の感覚か らすると、そのシーンもヴィクトリア朝のお上品さという 歩行器にあまりにも縛りつけられすぎているように思え る。一旦この種のテーマに率直に取り組もうと決めたなら ば、個々の行為、状況、体の部位をいちいち列挙すること には、より一層の大胆さが要求されるのである。

しかし、いずれにせよ我々の目の前にあるのは、偉大な 力を持った書物であり、理想的、明白かつ実直、精巧にロ マンティックな息の長い仕事によるものである。書評者は みな学校での課題図書として推薦するのをためらわないこ とだろう。子供たちの繊細で無防備の感受性すらいまや育 かしている現在のエロティシズムの氾濫に対抗して、世界 には「人生」や「自然」、それに(無邪気かつ生気に満ち て解釈された)「性」といった腐敗していない価値が今で も存在していることを、かれらの記憶に留めておくため に。

(一九七一年)

« 前へ次へ »