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んの連絡もとらず、ただ私があのやり口にぶっているから
やったといったそうな。実際私はあれら顔見知りのある者
ない者たちに何をしろなどとひとこともいったことはない
が、あの為体を眺めて彼等が怒ることは無理ないと思って
います。

彼等の裁判のある判決の場で裁判官がいったそうじゃな
いですか。お前たちの犯行が決して金銭のためではなかっ
たということは強く注目されなくてはならぬと思う。その
志は、そのためにとられた方法が正しかったとは決してい
えぬが、今後刑を終えて社会に復帰した後もそれぞれの心
の内に持ち続けてもらいたい。そしてそれを表現する際に
は、あくまで法に触れぬ、法を犯さぬ形で行ってもらいた
い、と。

あの裁判官は、その後さらに最近になって同じ系列の銀
行や企業、そして他の同じ大手の、まさにこの国をここま
で運んでくることに大いに功績あったとされている企業た
ちに役所がらみで起こったことがらを予感していたのしゃ
ないのですか。国民の誰もが怒りまた不安に突き落とされ
た、ああした大それた出来事について。事件もああまでに
なるともはや誰が加害者誰が被害者というより、彼等は国
とか社会の名をかざしながら実は国自体を大きく毀損させ
る罪を犯してきたとしかいいようがない。

そして、それに怒ってあれらをやった彼等もまた同じ国 民の一人でしかありはしません。

人間の決める規範や価値やそれにのっとった目的なんぞ
に、土台絶対なんてものがある訳はない。ただ慣れれば大
方がそれですましてしまうということでしかない。数少な
くとも、それではすまぬという人間がいるのは、人間が人
間である限り当たり前のことじゃありませんか。そんなこ
とに体を張るのは虚しくないかといわれれば、それは虚し
いですよ。しかし、虚しいがゆえの満足というものもある
んです。

そんな奴は異端だとか片端だとかいわれもするが、やる
ことがただ違法ということだけで異端というのは自惚れと
いうものだ。

私のような人間がいつの時代どこにもいたということ
は、それこそが人間の法則というか、つまり人間にとって
必要なことだという証しといえるんじゃないですか。

ならば、お前はこれから何をやるのだ、何をしたいのだ といわれるかもしれないが、私もこの頃やっと悟ったこと がある。昨年新しい息子を連れて生まれて初めてエジプト からギリシャなんぞを旅した時感じたんです。俺は少し焦 り過ぎたのではないかとね。

エジプトははるばるアスワンまでいきましたが、あの辺 りそこら中にある神殿の巨大な王様たちの像は、どれもみ んな左足を一歩引いてそれに体重をかけている。ところが ギリシャになると初めて体重が前の足にかかる様式になっ

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全20巻/新潮社版 定価各3090円(税込)

©風土

塔草の花 ◎夜の三部作

心の中を流れる河愛の試み ◎加田伶太郎全集

廢市告別
の忘却の河幼年

◎海市
版 ◎風のかたみ
の死の島(上)

死の島(下)
の独身者夢の輪
图詩集象牙集
の別れの歌遠くのこだま
の枕頭の書 秋風日記
の意中の文士たち 異邦の薫り
の内的独白 一九四六文学的考察
ボードレールの世界
ゴーギャンの世界
8藝術の慰め彼方の美

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パキスタンに来た夢を見ていた。
うつうつとして目覚めると、薄明るい視野の中に、見慣れぬ部屋の壁が映っ
た。そして、まったく見知らぬベッドに私は寝ている。

夢ではなかったのだ。次第にはっきりしてきた意識の中で、私は自分がまぎ
れもなくラワルピンディのホテルの一室にいることに気がつき、その事実を確
認し反芻した。

そうだった。二十六年前、私は京都カラコルム登山隊の一員で、当時はバキ
スタンの首都であったとこラワルビンディのホテルに泊ったものだった。どく
安っぽいホテルの、蠅がかなりいる一室に。今、私の寝ている ベッドは上等
で、部屋はむしろ立派と言ってよく、ソフトドリンクやミネラル・ウォーター
の入ったミニ・バーまでついている。何と言っても、刻が流れたのだ、それも
ずいぶんと長S歳月が。

昨日、私はテレビの人たち四人と一緒に日本を発ち、カラチに着くとそのま ま国内線に乗りついで、先発していた彼らの一隊の三人と合流したのだった。

「それなら、ぼくはぶ厚い高頑張を蓄て、昔の思い出くら いちょっとしゃべってもいいですよ」

と、私は電話口で笑いながら言った。
むろんテレビ局の人に家に来て貰って、応接間でお茶を
濁すくらいの気持であった。

ところが、話が次第にふくらんできた。
「北さんにカラコルムの山麓まででいいから、行って貰え
ないかと言ってきましたよ」
聞いただけで、不可能だと私は思った。大巾に仕事が遅

れている。同じ出版社から四年前にカンヅメにして貰っ て書きだした中篇も中絶してしまって未だにできない。と

の四月末には、船で上海まで行く予定もとびこみ、時間ば かりが経ってゆく状態だ。 「半月でいいって言ってましたよ」 「半月と言っても、ラワルピンディ、いや今の首都はイス ラマバードだな、そこからギルギットまでの飛行は、高山 の上を飛ぶから、少しでも雲が出ると欠航になるんです よ。ぼくは往きはスムーズだったが、帰りはギルギットで 一週間待たされたんですよ。それにギルギットから先はジ ープの巾ぎりぎりの道で、断崖絶壁のわきを通って登山よ り危険です。まだ死にたくないし、半月で済むかどうか分 らんし、とても無理ですよ」 「ただ、今はギルギットもかなり開けて、まともなホテル もあるそうですよ」

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