ページの画像
PDF
ePub

ックのとき危険だったことなどを話したが、二人とも十分
に理解したようだった。それよりも私がボケたのか、二人
の顔と名前をとり違えていたことだった。てっきりレイハ
ーンと思っていたのがグルであった。

そのあと、小さな小屋の中でパキスタン茶を飲みながら
話すところを撮られる。Hさんが「二人は隊員たちの名前
をみんな覚えていますよ」と言っていたので、問うてみる
と幾人かの名を口にしたが、みんな違っていた。私たちの
あとにやってきた日本隊のメンバーなのだろう。「ノー、
キョウト・パーティ」と私は繰返したが、これまた考えて
みれば、私たちが京都隊だということを彼らが覚えている
はずもない。ただ一組の日本人隊としか頭にはないだろ
う。無理はない、四分の一世紀が流れているのだ。

ディランへの登山口という箇所に連れて行かれる。私の
記憶では、ラートハウスを出発して平凡な田畑の中を行
き、狭い山道を登って行ったと思うのだが、川の流れるか
なりの峡谷に沿ったもっと広い道で、完全に初めて見るよ
うな眺めであった。人間の記憶とはいかに曖昧なものか、
それとも私がいよいよ呆けてきたためだろうか。
「朝、ミヤチェルへ行ったジープがまだ戻ってこないそう
ですから、明日も駄目かも知れません」
というHさんに対し、私は多分無言でいたと思う。
帰途はすでに暮色に包まれていた。途中でボロ・ジーブ
から以前の日本車に乗り代えたから身体は楽だったが、心

きるだけのスピードで崖っぷちを走る。窓から首を出せと
言われたが、激しい振動のため頭が窓枠に幾度もぶっか
る。この走行を二度やらされた。

さして時間もかからずに、ミヤチェルに着いた。山の斜
面を畠にした広からぬ村である。田畑のあいだに、ぽつん
ぽつんと家屋が見える。人影もほとんど見えず、ミナピン
に比べても遥かに部びた小さな村という感じであった。車
は村はずれまでしか通れない。

スタッフの半数は機材をかついで先へ行ってしまった。
一刻も早く行きたいが、車のところで待たされる。私がだ
しぬけにメルバーンの家を尋ねるという設定で、まあ一種
のやらせである。そういうことはやりたくないが、私をこ
とまで連れてきたスタッフのためには仕方がない。第一、
メルバーンが家にいるのか、野良に出ているのか分らな
い。

それでもメルバーンと会うシーンはできるだけ長く撮っ
てくれるそうで、この日は二本目のユンケル黄帝液を飲
む。

ようやくジャベールさんに導びかれて畠の中の細道を歩
くが、これも後方からハンド・カメラで撮られて いるの
だ。こういうことに不慣れな私には、やはり二十六年ぶり
の再会にふさわしくないという思いがこみあげてくるのは
仕方のないことだった。
そのときはメルバーンは家にいることが分っていたし、

る椅子のところへ連れて行った。そして、更めてその演を
見ると、初めは昔とほとんど変らぬように思ったのだが、
さすがに厳がずっと増えていた。もちろんこちらの服装だ
が、おそらくいちばん上等の服を着たその姿は、かつて薄
汚ないよれよれの恰好をしていた彼にはそぐわなかった。

メルバーンとはできるだけ長く話したかった。小谷隊長
の英文の手紙は彼にはむずかしすぎるから、くだいた日本
語で言って通訳して貰うつもりだった。

ところが、かつてはもっとも英語のできた彼が、易しい
英語も分らないのだ。或いは私がいきなりやってきたので
動転していたのかも知れぬ。いや、それよりも彼は齢をと
ってハイ・ポーターとして使えぬため、コックとして備わ
れたのであった。レイハーンやグルがその後も外国隊に参
加して英語を覚えたのとは逆に、メルバーンはずっと農夫
として過し、英語をしゃべる機会もなくて忘れてしまった
のではあるまいか。なにしろ「ハウ・オールド・アー・ユ
l」というような簡単な言葉に、私には分らぬウルドゥ語
を長々としゃべるので、困惑せざるを得なかった。Nサー
ブが死んだということに対しては、レイハーンたちより遥
かに悲しげな反応はしめしたが。ついに私は、
「オーケー、メルバーン。ナウ、ドント、ニード、ランゲ
ージ。.......バット、メルバーン、セイ、ユー、アゲイン。
ドクター・サーブ、ノーグッド、メルバーン、グッド」

と言った。 するとメルバーンは少しゃ笑いもせず、生真面目な、む

「ドクター・サーブ、ノーグッド

昔ミナピン周辺の病人百何十人に薬を与えた男だと」

と言った。我ながら大きな声が出た。
その間、メルバーンも訳が分らず黙って坐っていた。そ
れから、どうにか私に分る英語で、今夜はここに宿って行
ってくれ、と繰返して言った。私は、明日は日本へ帰らね
ばならぬ、時間がない のだ、と繰返すより仕方がなかっ
た。それから、また彼の年齢を問い、ひょっとすると数字
まで忘れてしまったのかと思って、六十七、六十八、七
十、七十二と並べてみた。七十二というと彼がうなずいた
ので、そのときは七十二歳かと思った。

そのうち、ついに撮影は許可されぬことが分った。その
顔役の男は、それまでに撮ったフィルムを渡せとまで言っ
たそうだ。それだけはなんとか切抜けたが、室内での撮影
も拒否されたという。私には未だにその理由が分らない。

とにかくHさんと日本語の達者なジャベールさんと私だ
け、メルバーンの家の中へはいった。がらんとした一室
で、みんなはそれぞれ床の上に坐った。

私はメルバーンの気をほぐそうと、隊長が手紙に同封し
てくれた写真を差出した。メルバーンのもあれば、隊長や
私のもあった。他の隊員の写っているのを見て、メルバー
ンはその名をちゃんと口にした。しかし、私がメルバーン
がつけた隊員の渾名を口にしても、彼の顔にはかつての勲
軽な、おどけた影は少しも現われなかった。
次に私は、隊長からの金を床に置いた。初めは私はギル

[ocr errors][ocr errors]

に戻ってからジャベールさんの意見を訊くと、「六十五か ら七十歳くらいだろうと思います」との返事であった。

次に、私は彼の健康状態を尋ねて貰った。すると、「腹 を手術した」という返事である。

私は仰天した。盲腸くらいならよいが、外科的な知識は
もともと乏しいし、今は大方忘れてしまっている。

とりあえず、彼を仰向けに寝かせ、恐る恐る腹部を開か
せた。ホッとしたことに、腹部にはなんの傷跡もなく、た
だ鼠蹊部に縫合の跡があった。おそらくヘルニャであろう。
「医者に何と言われたか?」
「ヘルニャ」
「どこの病院で手術したか?」
「カラチ」
とのことだった。

私は更に安堵した。かつてメルバーンが言ったように、
ギルギットの医者なら信頼できぬが、パキスタン一の都会
カラチの病院なら心配あるまい。

ところが、そのあとメルバーンは、実は男の子が欲し
い、ドクター、良い薬をくれ、と言いだした。

メルバーンは二人の妻を持っている。この部屋には他に
人影もないが、かなりの子持ちらしい。だが、女の子だけ
なのだ。Hさんとも話したが、この地方の家は男の子がい
ないと廃絶されるともいう。

この真摯な願いには私も困惑した。戸惑いつつ、こう尋 れた。

A

« 前へ次へ »