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からくる客の接待に使ったもんじゃ。が、やつには時代の 移り変りを見る目がなかった。あんたも知っとろうが、や つのああいうアメリカふう成金趣味は高度経済成長期にこ そよかったが、オイルショック後の引き締め時代の空気に はそぐわんようになった。だのにやつはその変化がわから んで、またぞろ上通りに同じ店を作りおったが、ちっとも はやらんということじゃ。」 「水商売というのはおそろしいな。この前来たときはあん なにはやっていたのに、いまはぜんぜんダメか。」 「一度なまじ成功したからかえってまずいんよ。甘い味を 知るとそれが忘れられんでいつまでも夢にしがみつく。夢 よもう一度と思っとるうち事態はますます悪くなりおろ。 ああいう商売というのは一度そうなると坂を転げ落ちるよ うなもんだ。わたしのところにも金を借りに来たが、あれ では誰も貸すわけがない。だから見かねてそのときやっに 忠告してやったんだ、おぬしこのままじゃ元も子も失うだ けじゃ、ひとたび撤退して一からやり直した方が賢明しゃ ないのかと。だがやつには妙に頑固なところがあってな、 怒りだして忠告を聞くどころではない。いまは金策に方々 駆けずり回っているようだが、ああなったらもう手を貸す 者はない。」 「密に慕いよった者は蜜の香から離れられないか。成功し たのもそのため、失敗するのもそのためだとしたら、それ も持って生れた性分で、はたから何を言っても仕方ない

然としたそのいでたちと外車に驚いた宿の者が下へ置か
ぬ扱いをするのを、陽介はなれた仕草であしらっていた。
成功の自信がからだから滲み出ていたころの陽介であっ
た。

浴場に入ると彼は前を覆いもせず自慢の一物を人の見ろ
がままに任せていた。くろぐろとして太くいまにも勃起し
そうに見えるみどとな一物であって、力の源泉という感じ
がした。
「ふうん、さすがにみどとなものだな。」

わたしがしげしげと見て感心すると、
「これも持って生れた業じゃ。」

澄んだ声でいっそ悲しげに呟いたものであった。陽介は
その晩食事がすむと泊りもせず、店があるからとあわただ
しく帰っていった。

そのときの陽介のむしろ悲しげな述懐が思い出された。
あれはいわば彼の象徴であって、自然のエネルギーに抵抗
しきれぬ自分の運命を、あのころすでに彼は自覚していた
のかもしれぬという気がした。

陽介は相変らずもう一度やり直してみせると空元気を出
しとる、あれやこれや計画を立ててはスポンサーを探し
よるらしいが、誰ももう彼の口車には乗らんようだな、と
いう噂がその後も聞えて来た。それでいて彼には熊本以外
に再起の道は探せぬらしく、失意の街にとどまって、元の
妻も女も寄りつかず、三人の子供たちはロスアンジェルス

態度に終始して決して苦しい内情を見せないのは、陽介の
昔からのやり方である。陽介は国立病院の事務長とはどん
なものか、実情を聞きに毛のところへ相談に来たのであっ
た。

しかし毛の説明で彼はすっかりその気をなくしたらしか
った。現在の地方の国立病院はどこも人員不足、医者も看
護婦も足りず医療機器は老朽化して、ベッドは遊んでいる
ところが多い。廃止寸前の有様だ。そうでなくても病院の
事務長というのは収益を上げるととばかり課せられ、医者
や看護婦には嫌われ、むくいられること少い職で、だから
なり手がない。事務長といえば聞えはいいが、実は大変に
骨の折れる厄介な立場で、陽介には向かないと思うね、と
毛はもう一度話をくり返した。

陽介が迷っているのは、別口にもう一つ、熊本にホテル
を建てている男がいて、そっちからマネージャー職につか
ぬかとすすめられている(これも実際は陽介の方からそう
頼みこんだのだろう)、どっちにしようか決断がつかめた
めらしかった。
「どんな職だってわれわれの年齢で就職口があれば、それ
でよしとしなければいけないんじゃないか。」
「それはそうなんだがね、わしはともかくいままで一国一
城の主で、人に使われたことがなかもんなあ。」
「城だって滅びちゃしょうがないだろう。それともあんた
はいまでも昔の夢が捨てきれないでいるのかね。」

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安ホテルの狭い一室、個人の損時のまったくない任意の
部屋にいる陽介を想像すると、彼のいまいる立場のすさま
しさがわがこととして感じられるようだった。あのとき場
介は困ったふうも見せず自信ありげにふるまっていたが、
実際は住む所にさえこと欠くほど困窮していたのか。身
りには気をつけ金のカフスなどしていてもありようは安ホ
テルの管理人というところで、マネージャーどころか食と
住とをあてがわれているあわれな立場にすぎない。ホテル
の一室にしか住むところがない、そんなところまで彼は追
いこまれていたのかと思った。それはほとんど落魄という
言葉を絵に描いたように見えた。

ホテルのマネージャーを引受ける前に彼はまだほかの可
能性をあれこれ探し回ったらしかった。アメリカに出掛け
てロスアンジェルスで飲食店を営む子供たちのところに身
を寄せることも考えたらしかったが、母親への父の仕打ち
をいまだに深く恨む子供たちは父を許さなかった。身から
出た錆といえばそれまでだが、陽介は生涯のふるまいの罰
を受けたのだ。子と言ってもそこにいるのは不信と憎しみ
の目でしか彼を見ない無縁の人だった。彼は肉親からさえ
見棄てられていたのである。

孤独という言葉が頭に浮ぶとき、それはわたしの中でビ
ジネス・ホテルの一室しか暮すところのなくなった晩年の
陽介の姿と重なった。いままで関わったすべての人とのつ
ながりが断たれ、まったくの独りぼっちで、自分はもはや誰

陽介はそういう状況の中で急速に酒に溺れていったよう
である。水商売をやっていたにもかかわらず、いやそのた
めか、彼は酒にたいしては非常に用心深かった。酒席では
適当に飲んだふりをするだけで決して深酔いすることのた
えてなかった男が、まわりに親しい者の一人もいない淋し
さの中で、とつぜん自制の糸が切れ、酒にのめりこんでい
った。

真に酒好きの者は酒を伴侶として飼いならして酒を楽し
むが、陽介の酒はそういうものではなかった。ひたすらた
だ酔って我を忘れるための酒であった。食堂や従業員控室
で従業員が飲んでいておかれらとは付合おうとせず、ホテ
ルの自室に閉じこもって、ロクな酒の肴もなしにウイスキ
1を押った。

陽介はマネージャーとしてホテルを規則通り運営するこ
とに意を用いるだけで、従業員に自分をさらけだしたりし
なかったから、恐れられても親しまれてはいなかった。そ
のことが彼の自殺的ともいえる凄じい飲み方の知れるのが
遅れた理由でもあったようだ。

陽介は瓶を持ち込むのもその後片付けをするのも用心深
く一人で行っていたが、こういうことはいくら隠しても現
れずにいない。彼の部屋にはときとして耐えがたいほど強
くアルコールの臭いが残っていた。その臭いは い っか部屋
じゅうにしみつき、ドアを開けただけでお電え ような臭

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