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なかったのに:

繁君はバッと肩を振りたてるようにしてふりかえると、 黒ぐろした眉を極端にしかめて靖一叔父さんを睨んだ。

―許可も受けずに、他人のテリトリーに入らないでく ださい!

ー...しかしもともとあれは私の部屋で、本がそのま ま置いてあるから。

|靖一叔父さんはもう専門の学問とは縁を切った、あ
れらを二度と読むことはない、というのだったでしょう?

|繁君にも用のない本だしね、きみが自分の勉強をす
る方向に部屋を整頓しはじめたのなら、近いうちに私のも
のは引き取るよ。それじゃ、今日のところはこれで、繁
君、先生、お邪魔しました、続けてください。

応接室の扉をしっかりと静かに閉して叔父さんが玄関の
方に向かい、そこで繁君のお母さんととくに声をひそめて
いるのでもない話合いがあって玄関のドアが開けたてされ
るまで、繁君はムッと紅潮させた顔を僕が手直しした答案
に向けていたが、あらためて額を上げると、決して靖一叔
父さんに冷たい感情を抱いていないことのわかるものSS
をした。

あの人は小田急沿線の玉川学園前で山羊や鶏を飼っ
て暮しています。母が貯めておく届け物の食品を受け取る
とリュックサックに入れてドンドン歩いて行くんですよ。
こちらへ来る際は、お土産の卵が割れないように電車に乗

していたわけだ。身体つきはもとより、父親ゆずりの大き
い眼とこれは母親似のしっかりした眉毛、削いだようにす
っきりしているが少年らしい柔かみもある類。それに高さ
において問題があると気にかけている、剛S髪にぎっしり
囲われた額。

さらに新時代への傾向を示す指標として、繁君には自動
車への情熱ということがあった。応接間にも、アメリカの
雑誌から切りとって厚紙に張った車の写真や各種の自動車
模型がかざられていたほどだ。そして僕の正直にいってま
さに冗談のようだった小説の試作の話から、繁君はその自
動車への情熱に僕を誘こむ働きかけを示すことになった
のである。それも不意打ちのやり方で。

繁君は高校の「カー・デザイン同好会」の先輩をたどり
小説の載っている教養学部誌を手に入れた。そしてすぐさ
ま読み終えると、それがかれの考えている成功する小説た
りえない欠陥を分析し、それでいて底流としてある良い と
ころもくみとってくれた。その上で僕に書かせる成功する
小認の構想を考え出して、次の授業の日を手ぐすね引いて
待ちかまえていたのである。

繁君はもともと理科系の頭の持主で、それまでとくに多
くの小説を読んできたのではない様子。またその頃の高校
生が知的な資格づくりとして見た『禁じられた遊び』『落
ちた偶像』あるいは『静かなる男』というような「名画」
のことも知らなかった。しかしかれは、親戚がアメリカ映

の心はもとより

運ぶ

に車を乗っ

シリアスな ンが出て来る映画の原作となりうる

る必要があります。そして見たこと、やったことを書くん 繁君はこういう基本方針にそくして、小説に実現するた です。車はね、この前ちょっと顔を出した靖一叔父さんが めの人物とブロットまで考え出していたのだ。僕は繁君か 甲虫型のフォルクスワーゲンを一台持っていて、自分では らまず原理としての考え方を聞かされるうち、ともか もうそれに乗らなくなったものだから、......歩くのが好き く本来の仕事もやろうよ、と授業を始めたが、それが終っ で、歩く哲学ということを考えていると母にいっていたそ て食堂に準備されているふたりだけの夕食をとる際に、あ うですが、いつでも無料で貸してくれます。それでふたり らためて繁君の話す小説の構想を拒むことはできなかった の若者が出発して、どんどん遠方まで走ってゆくんです のである。

ふたりの

運転席、助手席をすりかわる離れ業を演じたことがある。

高三になれば本格的な受験勉強に入るわけで、今年の夏 休がいまのところ唯一のチャンスだから、勉強のための合 宿がわりにKさんと車で北海道へ旅行したいと父親に話し てきたが、今時まる一日ずっとつきそってもらえる家庭教 師は得がたいと母親も援護してくれて、とうとうOKが出 た。Kさんの自動車教習所の授業料といくらかの日当はお 払いするので、免許を取っていただくよう母親もお願S に 来るはず。Kさんは成功する小説の取材、自分は念願の大 平原を走る旅ということで、この計画はぜひ実現させたい

繁君はいったんこの発想を抱いてしまうと、自分の思い 込みどおりに企みを貫徹しないではすまさぬ執着ぶり。僕 の方では家庭教師の日にはその日の授業のことしか話さめ ようにしようと予防線をはったけれども、繁君はそれを守 ったかわり、家庭教師のない日に大学へまで現われて僕を 説得しようとした。暁星高校の授業が終るとすぐ本郷まで やって来て、たいてい夕暮まで授業をとっている僕を協同 組合の本屋や学生自治会の立看板の並んでいるアーケード で待ちうけている。ぬかりなく高校の制服は脱いでいるも のの、やはりみずみずしい少年から青年への移りめの繁君 の容貌はきわだって、それを見つけるたび僕はつい微笑し

三十五年目とし、

まずはし

ずだった。ところが、

試みた。その

うとう僕は、北区西ヶ原の下宿 近くの自動車教習所に通うことを承知させられてしまった のだ。

さて僕は繁君のお膳立てに乗って、飛鳥山の見える町み かの、それも選界焼、揚介護ん。勘習所に通うは

自動車理論と交通法規
の講義も受けぬまま、その前に行なわれた身体検査で、自
分として驚天動地の発見をされてしまい、運転の練習など
ではなくなったのである。

午後遅い教習所の教室に集ったおよそ職種も年齢も様ざ
まなはずの練習生たちが、お互いに視線をあわせぬように
して授業開始を待っていた。妙に声の細い女事務員が扉口
から顔をのぞかせてひとりひとりの名を呼ぶ。それが聴力
の試験だったのだが、続いての視力の検査で、僕は左眼が
徹底的な弱視であることをその際の実感では―暴き
出されたのだ。大学に入った際の身体検査で、確かに視力
の左右不均衡については いわれていた。しかし眼鏡で矯正
できるものとして、あまり重大に受けとめてはいなかっ
た。そこでいま検査官に、といっても先の女事務員だが、
片方視力のないことをごまかして免許を手に入れようとし
ているのかと最初邪怪なあつかいを受けながら、ついには
彼女の同情を誘うほど暗然としてしまったのである。

松山で下宿していた高校生の頃、休みごとに森のなかの
村へ普通列車でゆっくり帰ってゆく途中、僕は任意の場所
に途中下車して、あたかも用事があるかのように歩いて廻

U.C. BERKELEY LIBRARY

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