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ないことも進んでやる。それが僕の信条だった。自分自身 の根本のイメージが血まみれのものである以上、いまさら かまうことはなかった。「ジェイソン委員会」の下働きな ど、優秀なまともな研究者は必要でないし現にまともな研 究者はやらなかった。僕は当時UCLAにいたが、研究者 仲間からは「ジェイソン委員会」を告発する科学者と技術 者の平和のための集りだったか、SESPAという会へ参 加を誘われもしたものだ。

ところがこちらはいつも血まみれの思いで生きているん だ。悲惨な人間の呻き声が聞えてくる暗闇に、もひとつ石 を投げる仕業なら、よし、それはおれがやろう! と 進んで引受けるふうだったんだよ。そういうやり方で「生 き延びる」ことにした「亡命」している人間の眼にはね、 大方の人道的な反戦主義者の、謹直かつ憂わしげな問いか けを無視することは難かしくなかった。自分としてかれら の正義の運動に反対する声を発しもしな い が その必要 はないんだよ、仕事でかれらの善き意図を押しつぶしてや っているんだからねー、胸のうちではこう思っていた、 もちろん英語のパロールとして。オートメ化された戦場で ヴィエトナム人の女子供までが殺戮され苦しむのは承知し ているけれども、そこへ心ならずも連れて行かれてひどい ことをやらされているクズで憐れな若者をくらかは無傷 で合衆国へ帰還させることはできる、その後でかれらには 国と自分の罪に苦しむ充分な余裕があたえられる。靖一叔

た理由については後でふれるはず。それが昂してオアフ島
に家をたて、僕ら夫婦の引退後のための離れも作ってくれ
たので――資金の大半は僕が出した――「終の栖」ができ
たわけだ。十七歳で「亡命」してハワイに渡った自分が同
しハワイで老年を暮すなりゆきに、不思議な達成感と憐れ
さを見出すようでもあるんだが......

最初の結婚で生まれた女の子は高度の専門技術を持つ看
護婦としてサンフランシスコの病院で働いていたが、ふと
したことから麻薬中毒になってしまった。永年、中毒から
恢復するための苦しい闘いを続けた後、五年前に心臓発作
を起して亡くなった。中毒症状のもとでは恐怖心を誘われ
るほどの荒れ方だったが、それがなければ本当に真面目な
優しい人でした。最後は先妻が看とった。火葬した灰は、
父親が孤独な青春時を過した島の沿岸に撒いてくれといっ
たそうです。
そこで先妻と久しぶりに再会し一緒にハワイへ旅行して

- 養子の息子を伴なったのが、いまいったかれとハワイ
の縁のきっかけー遺灰を海へ撒きました。そのヨットの
上で、先妻がこういった。娘はあなたが自動車事故で死な
せた可哀想な女の人のために、進んであのように苦しんで
死んだのじゃない か、あなたへの「罪のゆるし」をあがな
おうとしたのしゃないか? たとえそうだったとしても、
しかしもうひとつの死の方は自分であがなうほかはない
ーーこの場合、Kさんが僕に向けた問いかけとは逆に――

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でという汚名をそのまま定着させた。靖一叔父さんの別居
中の奥さんもふくめ、誰ひとり本当にあの人の死を記憶し
つづけようとはしなかったわけだ......

ところが僕には「アレ」の責任が自分にあることを警察
に申し出ると主張しながら、家族はじめ夏枝叔母さんにも
決していわなかったことがあったのだ。それをいわなけれ
ば、じつは「アレ」がどのようにして起ったかを決してあ
かすことができないのに。あの当時、僕にはそれをいうこ
とが決してできず、それをいえぬこと自体がついには「亡
命」にいたる苦しまぎれの行為を僕にやらせたのだとも思
うけれど....
「アレ」に到るまで、車を運転しながら、僕はしつっこく
助手席の靖一叔父さんに中国でどんなひどいことをやった
かと訊ねていたのだ。はじめ靖一叔父さんは現実に自分
やったことではなく「戦友」がやったこととして話してい
た。それがそのうち、自分がやったことの話になった。し
かも想像とは思えぬ生なましさのことを、現実だけがもつ
あのグロテスクな愚かしさの恐しいことを話し始めた。そ
して僕はそれに酔ったようになって、ということは靖一叔
父さんの単に酒だけのためじゃない酔いがうつっていたと
いう気がするけれど、ーモット、モット! と聞き出そ
うとした。

僕が靖一叔父さんの告白を楽しんでいたというのじゃな
い。それでいてどうしても聞くことがやめられないで、

1

あったからムッとして、その是張おうとした。 ろが靖一叔父さんの足は鐵りつけられても平気でね、しつ っこくこちらの足を押しのけてブレーキを踏みおろそうと する。そのうち僕は恐怖心を呼びさまされた。それまでの 上機嫌どころか必死になって、

キを探ってくる足に さからい始めていた。あれだけのスピードを出していて、 突然ブレーキを踏みこむほど危険なこともないんだから。

ところが靖一叔父さんの足の力は強く、あらためてもう一

台の、あのイカを何トンも積んだトラックがやって来る 時、ついに僕の足は押さえこまれた。靖一叔父さんの身体 がぐっと寄ってきて、次の瞬間「アレ」が起った。

....僕はしつに永い間、この状況をいかにしばしば思い 出しつづけたことだろう、三十年以上にもわたって... ところがKさん、娘の遺骨を海に撒いた後で先妻をオアフ 島の高地に案内するドライヴをしていた時だ。しだいに山 へ登って行くうちにね、先にいったとおりはっきりしてき

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東京都中野区江古田一~四〇十四
〒一六五

(図書館通り) 話 OW(へへ)0九四・(三世八七一一五四八 FR (三八六)二九式っ ※集時間 M9時0分~E6時8分

写楽堂

にも

と泣き を続けていたんだ。

座席では仙台でひろった女の人がスピ・ んの話の内容にも怯えて、ーヤメテ、ヤメテ! 声をあげていた。僕らはそのようにして北海道をはじめて 走るドライヴを、それも真夜中のいつまでもまっすぐ続く

U.C. BERKELEY LIBRARY

てね。ーモット、モット! と車のスピードで追いつめ
て、靖一叔父さんが人生でやったいちばん陋劣なことを告
白させ楽しんでいたはずの本人が、じつは相手の自殺ュー
スに巻き込まれゴールにさしかかっていたんだ。むしろ後
部座席で泣きながら、ーヤメテ、ヤメテ!とかきくど
いていた女の人こそ正しい見通しにたっていた......

靖一叔父さんの性格として、確かに酔っていたにしても
腹立ちまぎれに発作的な自殺を試みるはずはない。僕はあ
れだけ熱心に自動車での北海道旅行の準備をし、靖一叔父
さんを同行者として誘い出して、かつは危険な運転で恥か
しい記憶を告白させるゲームをやった。それが

やった。それが靖一叔父さ
んを踏切らせる、最後の一押しとはなっただろう。しかし
数年にわたる烏骨鶏と山羊相手の隠遁生活で、中国戦線以
来の宿題は解いていたはず。考えに考えての解答の実行だ
っただろう。つまりあの時「アレ」をまねきよせたのは僕
だが、早晩靖一叔父さんは「アレ」をやったはず。つまり
靖一叔父さんは本懐をとげていたのだ。僕と礼文島生まれ
の憐れな女の人を道連れにして......

実際僕はボカンとして、先妻が憂わしげにしっと眼をや
るパイナッブル畑の脇をノロノ口車を走らせていた。その

い。ところが靖一叔父さんにハンドブレーキに手を伸ばす 身ぶりなど一切なかったのだ......

僕はそれでも時間をかけて自分の発見を洗いなおしてみ ようとし、そしてついにボカンとした。運転にもその影響 は出ただろう、もの思いに沈んでいた先妻が胸もとから顎

はそれをとりつくろう余裕

うちにこれまでしつに永い間罪障感の対象だった靖一叔父
さんが意識から後退して、僕が新しく責任を担いこまねば
ならぬ若者が浮びあがった。Kさん、それはおそらく今も
あなたの記憶にはそのままの顔かたち年俗好で残っている

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