ないことも進んでやる。それが僕の信条だった。自分自身 の根本のイメージが血まみれのものである以上、いまさら かまうことはなかった。「ジェイソン委員会」の下働きな ど、優秀なまともな研究者は必要でないし現にまともな研 究者はやらなかった。僕は当時UCLAにいたが、研究者 仲間からは「ジェイソン委員会」を告発する科学者と技術 者の平和のための集りだったか、SESPAという会へ参 加を誘われもしたものだ。 ところがこちらはいつも血まみれの思いで生きているん だ。悲惨な人間の呻き声が聞えてくる暗闇に、もひとつ石 を投げる仕業なら、よし、それはおれがやろう! と 進んで引受けるふうだったんだよ。そういうやり方で「生 き延びる」ことにした「亡命」している人間の眼にはね、 大方の人道的な反戦主義者の、謹直かつ憂わしげな問いか けを無視することは難かしくなかった。自分としてかれら の正義の運動に反対する声を発しもしな い が その必要 はないんだよ、仕事でかれらの善き意図を押しつぶしてや っているんだからねー、胸のうちではこう思っていた、 もちろん英語のパロールとして。オートメ化された戦場で ヴィエトナム人の女子供までが殺戮され苦しむのは承知し ているけれども、そこへ心ならずも連れて行かれてひどい ことをやらされているクズで憐れな若者をくらかは無傷 で合衆国へ帰還させることはできる、その後でかれらには 国と自分の罪に苦しむ充分な余裕があたえられる。靖一叔 た理由については後でふれるはず。それが昂してオアフ島 最初の結婚で生まれた女の子は高度の専門技術を持つ看 - 養子の息子を伴なったのが、いまいったかれとハワイ でという汚名をそのまま定着させた。靖一叔父さんの別居 ところが僕には「アレ」の責任が自分にあることを警察 僕が靖一叔父さんの告白を楽しんでいたというのじゃな 1 あったからムッとして、その是張おうとした。 ろが靖一叔父さんの足は鐵りつけられても平気でね、しつ っこくこちらの足を押しのけてブレーキを踏みおろそうと する。そのうち僕は恐怖心を呼びさまされた。それまでの 上機嫌どころか必死になって、 キを探ってくる足に さからい始めていた。あれだけのスピードを出していて、 突然ブレーキを踏みこむほど危険なこともないんだから。 ところが靖一叔父さんの足の力は強く、あらためてもう一 台の、あのイカを何トンも積んだトラックがやって来る 時、ついに僕の足は押さえこまれた。靖一叔父さんの身体 がぐっと寄ってきて、次の瞬間「アレ」が起った。 ....僕はしつに永い間、この状況をいかにしばしば思い 出しつづけたことだろう、三十年以上にもわたって... ところがKさん、娘の遺骨を海に撒いた後で先妻をオアフ 島の高地に案内するドライヴをしていた時だ。しだいに山 へ登って行くうちにね、先にいったとおりはっきりしてき 美術骨董品 書画軸買受け 新画・古画・屏風・茶道具・茶掛 ※ 御蔵品のこ整理は是非当店に御相談下さい。 (図書館通り) 話 OW(へへ)0九四・(三世八七一一五四八 FR (三八六)二九式っ ※集時間 M9時0分~E6時8分 写楽堂 にも と泣き を続けていたんだ。 座席では仙台でひろった女の人がスピ・ んの話の内容にも怯えて、ーヤメテ、ヤメテ! 声をあげていた。僕らはそのようにして北海道をはじめて 走るドライヴを、それも真夜中のいつまでもまっすぐ続く U.C. BERKELEY LIBRARY てね。ーモット、モット! と車のスピードで追いつめ 靖一叔父さんの性格として、確かに酔っていたにしても やった。それが靖一叔父さ 実際僕はボカンとして、先妻が憂わしげにしっと眼をや い。ところが靖一叔父さんにハンドブレーキに手を伸ばす 身ぶりなど一切なかったのだ...... 僕はそれでも時間をかけて自分の発見を洗いなおしてみ ようとし、そしてついにボカンとした。運転にもその影響 は出ただろう、もの思いに沈んでいた先妻が胸もとから顎 はそれをとりつくろう余裕 うちにこれまでしつに永い間罪障感の対象だった靖一叔父 |