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にいわずに立ち去られたといいます。

その噂が広まるや、さすがに右翼と自負していた連中が
騒ぎだして川俣を批判する声が澎神として起こった。あの
ままいったら川俣を誅する者も出ただろうが、例の、世間
の裏側を束ねていた男が川俣にいわれて乗り出してきて、
東京のホテルで「川俣君を囲む会」という集会を開いてみ
せて、そこで右翼たちに伏流していた憤りを巧みに鎮静化
してしまった。川俣を昭和の奸賊と呼んで弾劾していた新
聞までが訂正記事を出すような始末でした。

あの頃からもうすでに日本の右翼は、川俣の息のかかっ
た例の男が六十年安保騒動をきっかけに、日本のやくざを
防共戦線に組みこむ画策をして以来、右翼とやくざ者がど
ちゃごちゃになってしまって実は大方は芯のないものにな
ってしまっていたんです。

とにもかくにもあの頃の川俣の実力というのはその下に
抱えた人間関係をフルに活用して、とてものこと誰にも太
刀打ち出来るものではなかった。

ずっと後になってある縁で知り合った、今じゃ派閥の領
袖にもなった有名な政治家から、今では時効ということで
聞きましたが、彼がまだ県会議員で川俣の派閥から衆議院
に出ようとしていた頃あの男が那須にやってくる度黒磯の
駅まで迎えに出ていたそうだが、その度連れてくる女が違
う。随行してくる記者たちに聞くと、みんな宝塚の有名な
女優とかで、酒を飲まぬ川俣は羊羹食いながら若い女を口

胸をはっていったら川俣は頷いたが返事もしなかったそ うな。その間、随行の記者たちはただにやにや笑って眺め るだけ。事件が起こってもその時のことを思い起こして一 行の記事を書いた記者もいなかったそうです。まあ、日本 の新聞なんてそんな程度のものでしょう。とにかくあの頃 の川俣には怖いものなどありはしなかったろう。

しかし私が川俣をこのままにしておいたら大変なことに
なる、これは誰かがなんとかしなくてはならぬと思いこん
だのは、保守党の大物政治家の天皇を天皇も思わぬ不忠
のせいだけではなしに、あの男が彼の辣腕でまとめてしま
った日ソ漁業交渉のなりゆきを眺めてのことでした。

とにかくある日突然、国民もあっという問もなくあの男
は、ソヴィエトという著にも棒にもかからぬ阿漕ぎな国を
相手に北洋漁業の権利を一手に入れてしまったんです。こ
の出来事のからくりについては、後になってむしろ左翼系
の有名な推理作家が書き立てていましたが、不思議なこと
に普通の人間たちは問題にしなかったし、マスコミの多く
は川俣の功績とこそすれその虚構についてはなんの疑義も
さし挟まなかった。

あのしたたかなソヴィエトが漁業権の見返りになにを要
求したのか、日本は、いや川俣はなんの権限でなにを約束
したのかまったくわからない。川俣の言い分は、密約など
はない、すべてソヴィエト側の好意で成立した条約だと裸

その中で川だけが客僚ながら南かられて同じ仲日を 批判し内閣をゆさぶった。首相が身命賭けてあの挙に出た のは主要閣僚の川俣とは当然相談合議の上のことでしょ う。それに背信したというのは、私は、あの漁業協定調印 の折にすでに安保改正を見こしていたソヴィエトから、反 米反安保の主要メンバーのとして打ちこまれていたのだ と思います。

あの時、よく訳もわからずに安保に反対した連中がこの 今になってそれを恥じたり後悔しているかどうかは知らな いが、私は自分があの頃の川俣の一連の去就を眺めながら 抱いた疑長と不信は正しかったと思っています。

ということで、これはあの男をなんとかしなくてはなら
ぬと思いました。といってもいきなり殺すという気までは
なかった。そんなことをすればこちらの生死にも関わる話
ですから、ただとてもこのまま見過ごしには出来ない と思
った。しかし、ならばいったい何をしたらいいのかを考え
ている内に、場合によったら殺すことにもなるのかも知れ
ぬと思うようにもなった。なにしろあの男の周りには例の

の社会を束ねている男の目くばりがあったし、思いこん
でもことはそう簡単なものではないもわかってきまし
た。

あの男に世の中そう思いのままにはなりはしないぞと思 い知らせるために、いったい何をしたらいいのか決めかね

を実際に備えることでしか集まりはしないといいました。
そして、武器を集めにかかることそのものからしてが革命
なのだと。

彼は陸軍の連中を信用せずに海軍士官が主体になってこ
とを起こしたのですが、あるいは、彼が最初自分一人で武
器を盗みだしたということがあの事件の発端になったのか
もしれません。

今でも覚えていますが、彼はよく、「しょせん、天命も
人為からしかなりはしないさ。誰が先になって道をつける
かなんだよ」といっていました。ですから私も、自分一人
でやってみよう、そのためにもまず自分でそれをやるため
の道具を整えようと思った。あの男を殺すつもりはなかっ
たが、何をやるにせよ、あの男の周りの様子を見れば相手
をまずすくませる道具が、やはり拳銃ほどの武器が必要に
思えました。

それをどうやって手にいれられるか考えている内に、遊
び仲間の子分格の不良少年から、かって彼を補導しその縁
で今でもつき合いのある元警察官が、以前事件でやくざを
捕らえその時押収した拳銃を二つ記念に収って持っている
という話を聞きました。あの頃は警察もかなりいい加減だ
ったんでしょう。

なお調べてみたら、その人は今は父の仕事の取り引き先
の会社の飼い殺しの託のようなことをしていて縁があり
そうだった。私の子分もその人にはそんなで可愛がられ

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RAB

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