「そんな情けねえ話はないでしょ。なんで、ただいっしょ にこいといってくれないんです。家を焼くなんてだけじゃ なし、あんな野郎、ぶっ殺したっていいんだ」 「そこまではしなくていい」 「あんたと一緒なら、俺はどこまででいきますよ」 いわれて私は思わず彼の手を握ってやったと思います。 ガソリン缶を二つ買い込み、その上で十二月の一日に家 身重の女房には、子供を生む前の体にさわりはしないか 私にすれば初めての子供が生まれたということが心の励 「私のことは心配しなくてもいいのよ、こうして子供が出 来たし、私はいつまでも待てるわ。だから好きなようにし て下さい。いわれて止めるあなたしゃないでしょ?それよ り、やろうとしたことをやらずにしまって、それで一生後 悔するのを見るのはいやだわ」 「本当にそう思ってくれるか」 「本当ょ」 彼女はいってくれました。しかし自分でそういった言葉 焼き討ちに出かける直前に私は女房に、玄関に崎山を 十二月十五日の夜十時前あの男の家のある丘の麓に車を 乗りつけました。雨を含んだ冷たい風が吹きさらす夜で、 辺りには人影もなかった。二人を車に残して舗装の出来上 がった道を上まで上ってみると、都合のいいことに高い塀 からなにからすっかり出来上がっているのに、肝心の門だ けが間に合わず薄いベニアの仮戸が門柱に立て掛けられて まだなにも疑わずにいたようです。しかしそのまま彼女の 目の前に土足のまま靴ぬぎから畳み敷きの式台に上がって くる二人を見てやっとただならぬことと気づいたようだっ た。 なにか叫びそうになった彼女に、私はこれからなにが起 最初に聞いた通り川俣は地方に出向いて不在で、奥さん 幅広く長い廊下にもいかにも出来立てらしく玄関で嗅ぐ 崎山に振り返っていったが、彼の方は緊張でか返事もな とにかく、今まで見たこともないような豪勢な家でし た。その中を今現にはいた革靴のまま土足で歩いている自 間もなく女中と一緒に二十そこそこの若い男が部屋を覗 手にした物をかざしたまま いい、崎山に促すと彼は座っ いわれるまま崎山はあちこち向きを変えてぶちまけ、そ その瞬間外に吹いていた風が思いがけぬほど激しく室内 に吹き込んで、一瞬にしてたちこめていたものを吹き払っ た。私もそれで冷静さをとり戻し、手にしたもので彼等を それは本当に、眺めても眺めても見修きることのない見 ものだった。数奇をこらした豪壮な屋敷が風の下で自らも 巨きな風を巻き起こし、轟く炎の柱を天に向かって支えな がらますます太く激しく燃え上がっていました。戦争中の 空襲の惨禍や他人の家の火事なんぞでは味あうことのなか った、ふるいつきたくなるようなものを私はあの手作りの 豪勢な焚き火の前で感しつづけていました。 それにしてもなんで巨大な炎というやつは、人間が日頃 隠している本能をさらけ出しつきつけてくれるのだろう。 火の粉を浴びながら炎の間近で私が最後に感じとったもの は、いわば自分の一種の本卦域りだったのかもしれませ ん。私はあの時にこそ自分の誕生を信じていました。二度 目ではあろうと、しかし自らそう覚れたからこそ、あれこ そが私自身の誕生だったんです。だからこそそれは、眺め ても眺めても倦きることのない見ものでした。 火の回りは想像していたよりもはるかに早く激しく、最 初懸念していたように消防が飛んできて消してしまうなど という暇はまったくなかった。実際にサイレンを鳴らして 消防自動車が丘の上の門前までやってきた時には、私が最 初に火をつけた母屋の一番奥の棟は燃え上がって焼け尽く し崩れ落ちていきました。こんな事態を予測した者など誰 もいるはずはなかったろうからあたりには家の水道のため の水源しかなく、一度上までやってきた車がまた下まで下 |