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前 「石押分之子の神語り」という、タイトルだけで、も
う、抜群ですね。あれから、サイン頼まれたら、その言葉
を書くんです。
白洲どうも恐れ入り

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い(笑)。
前白洲さんにあれを書 S てもらって、なんとなく自信が
出来ました。それは、根源的な意味で、僕が何かによって
歌わせられるとか、語らせられるとか、そういうことの意
味というのをあの文章から感じましたね。
白洲恐れ入ります。
前お酒は、普通、どれぐらいお飲みになるんですか。伝
説では、いろいろ伺っていますが。
白洲伝説は大変んですけど。いまはもう、年で駄目で
ございまして(笑)。
前お若い時は。
白洲 若い時は一升酒で、あとまだウィスキーを飲んだり
ブランデーを飲んだり。若い時というのは、私は無理して
覚えたんですよ。つまり、小林秀雄さんや、青山二郎さん

付き合うため。だって、飲まないと口もきいてくれ

でも、っぱり素質があっ

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んですもの。 前お酒が合うんですね。命の源泉になるんでしょう。 白洲まあ、その時はそうかもしれませんけど。やっぱり いい気持ちになって、潰れるっていうほうが本当じゃない かしらね。 前それにしてもすばらしいお住まいですね。置いてある ものも凄い。花は白洲先生が活けられるそうですね。 白洲今は手が痛いもんで、至らないでね。そこらから採 ってきたのをそのまま、ずぼんと活けただけです。 前 (壁を指差して)あの字もいいですねえ。 白洲あれはちょっと面白いんです。「色即是空空即是 色」。鉄斎さんが台所の戸袋に書いたものんですよ。ど こにでも書く方だったもんで。それで面白くて。 前このお宅は何年ぐらいになるんですか。 白洲障子は元禄だって言うんですよ、建築家の方が。で も建物はそんなに古くはないでしょう。障子はきっと、と っといたものを利用したんじゃないかと思います。明治の はじめよりもうちょっと前かな。文化文政ぐらいの時に建 ったんじゃないでしょうか。 前いつからお住まいなんですか。 白洲、五十年です。戦争で逃げてきたんですよ。 前この佇まいというのはなんとも言えませんね。前の竹 林のみずみずしさ。背後の欅や杉の林など......。 白洲先生のおうちこそ、吉野の素晴らしい場所にあると いうだけで、うらやましい。私、いまでも忘れられない。

てるんですよ、その方たちが(笑)。 前筋目。 白洲そう、筋目の人。その筋目をね、何十人も呼んでく だすったの。自分が行かないと駄目だっておっしゃるのね え。私なんかが一人で行っても、会えやしないからってい って連れていってくだすったの。その時に、丹生神社の前 の宿屋さんに泊まったんです。 前 迫というところですね。丹生川上の上社の近くの朝日 屋という宿。 白洲そこへ、なんだか、二、三十人も呼んでくだすった んですよ。これは以前にも書いたんですが、とにかく、い ま見てきたようにあの時代の話をなさるの。自天王が川を 伝って逃げたとか、「ここで殺されたんです」とかね。 んとに感激しましたよ。あすこではほんとに歴史が生きて いる感じ。 前 『明恵上人』や『古典の細道』と共に、『かくれ里』 は、私共の「ヤママユの会」では昭和四十年、五十年代か ら共通の愛読書だったのです。あの上社、今度水没するん ですょ、川上村迫に鎮座する丹生川上の上社が。 白洲 あら、そうですか、もったいない。 前 少し下手の大滝にダムが出来て、湖になるんです。丹 生川上の中社は蟻通というんですが、宇陀のほうに近い東 吉野村の小にあります。三つの川が合流していて、一番、 素晴らしいところです。 白洲なんか、常滑というようなしの。

のこと。

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とっても、やっぱり美味しいです。
前 柿の葉寿司。
白洲そう。そうでなくても、ただ昆布でまぶした、電車
の中で売っているようなのでも美味しいわね。お米がいい
のかな、お寿司のつくり方を知っているのね。

私は鮭の柿の葉寿司。あれを谷崎潤一郎さんの『陰影礼
讃』で読んで、そのとおりに、毎年春になると柿の新芽で
つくります、お酒だけで。酢を使わないの。それで、ひと
晩、柿の葉で巻いて、非常に重い石で押すんです。戦争中
から覚えてます。
前私のほうは朴の葉っぱの。
白洲いいですね。朴は香がとってもいい。
前香が強烈。大きいんですがね、寿司桶に入れて大きな
石でガーッと押さえて一晩おくと、しだいに味が、米と塩
鯛と朴の葉と酢によって、なれてくるのです。

歌のいのち

白洲先生、『新古今』で、結末といっちゃおかしいけど も、歌ってものはあそこで完成しますでしょう。どうなん です、その後。連歌をやるわけですか? 前ええ。あれ以後は連歌ですね。『新古今』の時で、歌 そのものはもう衰弱しているんじゃないでしょうか。洗練 をきわめるのですけど...。 白洲そうですよね。だいぶ細かく繊細になりすぎ

を、隠れたところで詠んでいるというようなことをお書き になっていますね。あれを読んで、先生が短歌でどんなに 苦労してらっしゃるか、よくわかりました。私、とても恥 ずかしくなりました。 前ええ。逆説的んですけどね。古臭い題詠など遥かに 越えて、自在に歌っていると思っているのですが、意外と、 戦後は戦後の画一的なテーマを歌っています。前衛短歌も またそうです。正岡子規の革命の、一種の後遺症みたいな ものも戦前には長らくありましたからね。なんでもリアリ ズム、リアリズムで、どんなことでも歌になるただごとうた のおかしさ。写生の呪文でした。「湯を上がり西ながむれ ばあかあかと生駒の岳に日は沈むなり」というたら、お前 の家から生駒山は見えへんやないかという批判が出る。い や、今度来てみい、物干しへ登ったら見えるんじゃいうて論 争してる。まあ、これは極端な戯画化ですけど......。なんか 社会科学的な常識みたいなものを三十一文字でちょっと感 傷的に歌うようなものが新しく目覚めたものだというふう になりましたね。柳田国男という人は、早くから、これは 疑問だということを、子規以来の近代短歌に対して言った わけです。あの人は、桂園派の松浦辰男の弟子んですけ れども、それとは別にもっと深いところで洞察していたよ うに思うんですよ。そんな個人の一人の日常の詠嘆なんか より、もっと大きな、まさに人間をはるかに超え

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