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原稿には住所、電話番号、本名、年齢、学校名・学年を記入し、必ずとして下さい。 締切りは1992年9月5日。 宛先は,&東京都新宿区矢来町7新潮社内「新潮学生小説コンクール」係 。 選考は本誌編集部て行い、1993年4月号誌上て選考結果を発表、入選作(場合により奨励作も含む)を掲載します。 原稿は返却しません

ついでにこの中の短詩型の専門誌だけをみ
ると約二四0誌で全体の三分の一を占めてい
ることが分かりました。もっと細分すると歌
誌・句・詩誌の三分野がどれも七〇誌前後
で拮抗しているのも面白いことに思われま
す。 小樽市に「あさゆう」という同人雑誌が
あります。巻二八号(昭和六〇年時点)をかぞ
え、二五集までの会員は一一八人という道内
一の女性誌で、会員向けに出している「あさ
ゆう通信」は昭和六〇年四月までに三五〇号
を記録しています。

近ごろ郷土史発掘の動きが盛んで、道内で
も古老からの聞き取り調査でいくつもの本が
まとめられています。どれも主婦が中心とな
っています。知床のまち斜里町の女性たちが
作った「語り継ぐ女の歴史・第二巻」は二九
人のおじいちゃんおばあちゃんからの聞き書
きですが、貴重な写真入りのりっぱなもので
す。近く第三巻を出すらしいのですが小説の
素材としても過不足なく、いずれこの会から
開拓小説が生まれるのではないかと思わせま
す。

先にあげた雑誌六九二誌の中には個人雑誌
が二つ含まれています。ひとつは昭和四〇年
刊、終刊不詳の「石狩湾」でM某氏の個人
誌。第二号所載の小説は道内同人雑誌の秀作

に選ばれました。もうひとつは古く昭和七年
~八年に根室のN氏が出した全九冊の「測量
船」でした。

つい先年私のところに送られてきた「ぼう
たん」第二号は北海道文学大事典には載って
SなS個人新刊誌です。そしてこのたび第三
号が届きましたが発行者はHさんという初老
の婦人で発行所は「三人しずか舍」です。 第
二号の目次を開いたとき私は個人誌とは何か
の冗談だろうと思ったことでした。小説・評
論・随筆に詩歌などそれぞれに筆名がちがう
し同し筆名が並びもする。

個人誌自体はそうめずらしいことではない
けれど私などはその動機は何なのだろうと考
えてしまいます。内なる衝動のままの文学の
仕事は孤独なものですから本来ひとりでやる
べきものでしょうが、世は同人誌カルチャー
ばやり。月並だけれど切磋琢磨の仲間を求め
るのが普通だろうにと案してしまうのです。

公募展に愛想をつかして独自の道をゆく画
家と相通じるものがあるのかもしれません
が、文学の公募展には愛想づかしをするよう
な傾向も派閥も関係ない。またひとり静かに
世を忍ぶのであれば活字にして己れを曝け出
すのも妙な気がします。何であれHさんの仕
事を見ると、こうした詮索の埒外で昂然とひ

文社が昭和五五年から、道内在住の女 いことが分かって私も安心したわけです

性だけを対象に「女性の小説」と銘打ってス
三号には物語・随筆・創作各一緒に詩がふた 話は変わりますが北海道で代表的な文学賞 タートし、第10回を数えた平成二年からは
つ。物語は平安中期に家門のいざこざに巻き といえば、昭和四二年からはじまった北海道, タイトルも「らいらっく文学賞」としたもの
こまれて里の田舎家で乳母と共に暮す幼ない 新聞文学賞でしょう。平成三年で二五回めを です。趣旨からいっても女性だけにターゲッ
姫の話で原稿枚数字六○枚近い。発行所の命 迎え、佳作も含めてこれまで四七人の受賞者 トを絞ったあたり、北海道の女性のある種の
名からしても日本の古典に詳しいひとと見受 を出しています。私もその中のひとりに加え 可能性を先取りしたふしもあり、しかも同人

女性の小説が受賞しているのです。し かくして「物書く北の女性たち」の眼光
この辺でごく私的なことに触れますと、札 かち第二一回の受賞者の藤堂志津子さんは直 よいよ鋭く書かざる男たちを瞬睨する有様な
幌の女性

うまい。二五回めのKさんの受賞作 です。 オホーツク沿岸

最初の一週間はレンタカー

しい。

東京オリンピックが開催される頃の日本と 同じことがスペインで起こっていると考えれ ば、分かりやすい(ちなみにぼくは東京オリ ンピックで日本がどう変わったのか、情報と してしか知らないのだけれど)。

ただし、スペインにはもうひとつ大きな背
景がある。ECの統合問題だ。

スペインが道路や鉄道を整備しているの
は、つまり、すべてをヨーロッパ・サイズに
統一するためだ。

外見的には、スペインは今、上げ潮に乗っ
ている。国際的なイベントを開催し、政治会
談の場を提供し、ビジネスマンたちは、シエ
スタを放棄してビジネス・タイムで働き、E
C加盟国間での経済格差が是正されるまでは
統合に同意はしない、とフランスやドイツに
たんかを切っている。
なかなか威勢がいい。
確かに物価が高くなって、市民の生活にま
で影響を与えているようだけれど、短期旅行
者の目から見れば、街には活気があり、人々
の表情は決して暗くはない。

スペインというと、SS加減だとかあんま
り働かないで遊んでいるだけだとかいうイメ
1ジがあるけれど、ぼくはそんな風には感し

「あなたはスペインの何に興味があるの?」

そう聞き返されて、ぼくは困った。四牛、 フラメンコ、ゲルニカ、ピカソ、セルバンテ ス、セニョリータ、ハモン・セラーノ。けれ ど、特別に興味があるわけではない。 「いいことを教えてあげる」と彼女は黙り込

んだぼくに言った。「マドリッドにピカソ・

けなければならない、という習慣があったそ
うだ。今ではおばあちゃんたちにしか守られ
ていない習慣だけれど、それとは関係なく若
い女の子たちは黒を好んで着ている。
「でも、日本では最近女性の方が威勢がいい
んですょ。特に若い子」
「あら、それはスペインでも同じよ」

彼女は女性の社会進出について長々としゃ
べり始めたけれど、ぼくは機内食を食べるの
に忙しくてほとんど聞いていなかった。

彼女は大学受験の厳しさについて語り、大
学生の就職難について語り、その間に機内食
をぼくよりも早いペースで片づけた。
「スペイン人と日本人の大きな違いは、労働
時間でしょうね。日本人は本当によく働くか
ら。もちろん、スペイン人も働くけれど、遊
びにもっと情熱を注ぐわ」
「日本人はだらだらと働くのが好きなんです
よ。本当はかなりいい加減なんです」
「そうは思えないけれど。スペインの方がい
い加減でしょう?」
「ぼくには分かりません」

彼女はちょっと沈黙してワインを飲んだ。
「あなたはどうしてスペインに行くの?」
「仕事です」
ぼくは仕事の内容について説明した。

タワーという建物があるから、その坂上階に
行ってみなさい。マドリッドが一望できるか
ら。新名所なのよ。あそこからマドリッドを
見れば、何かを感じられるかもしれない」

マドリッドに着いて、最初にピカソ・タワ
1に行った。そこは新しくできた超高層のビ
ジネスビルで、警備が厳しく、エレベーター
に乗るためにはIDカードが必要だった。

スペイン風のいい加減さも手が込んできた
ものだ、と青い空に向かってそびえ立つビカ
ソ・タワーを見上げて、ぼくは思った。

彼女が何をどう考えてぼくにピカソ・タワ
1の最上階を教えたのかは分からない。けれ
ど、なんとなく相性の悪い スペインから、ま
ばたきに似たウインクをされたみたいで悪い
気分ではなかった。

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