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卵の両親が死亡したあとにどうするのかといった現実にも

起こっている問題をはじめ数々の疑問を生みだしている。

凍結受精卵による出産は一九八四年のオーストラリアで
の第一例をはじめとして、八九年には日本での第一例出産
があった。新聞発表によると、女性から採取した十二個の
卵子に夫の精子を体外受精させ、うち五個を子宮に戻した
が着床に失敗し、のこりの受精卵を凍結しておいて一ヵ月
後に二個を子宮に戻しこれが着床に成功して妊娠したとい
う。のちに双生児として誕生するのだが、未使用の凍結受
精卵はどうなったのだろうか。棄てられたのだろうか、保
存されているのだろうか。

凍結受精卵の先進諸国で、使い残りの凍結受精卵が増え
つづけているという。一つの病院で数千個というところも
あるようだ。年経てそれらが解凍され使われることもこわ
いけれども、眠った いのちが増えつづけてゆく現状もまた
こわい。それは最先端の技術社会の捨子だ。

コインロッカー・ベイビーズは、それでもまだ目に見え
る捨子だった。いまの捨子は、ぼくたちの目には見えなく
なっている。

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ルイ・セバスチアン・メルシエの『パリ点描』(一七八一 年~八八年刊)に、「拾われた子供」という一節があり、そ

街頭に置き去りにされた子が誰かに拾われて養育院へ届
けられたり、親が自分で養育院へ連れて行ったりするわけ
だが、手続きは全く要らなかったという。入口脇の壁に
「回転箱」が設けられていて、呼び紐をひっぱったあとで、
外から赤ん坊を入れてぐるりと回すと内側で修道女が引き
取ってくれる仕組みだったそうだ。いまの日本に、ベット
ポストが設置されている県があり、不要になった犬猫を入
れてやると回収されて動物保護センターで新しい飼主を見
つけてくれるか殺してくれるという仕組みがある。実際は
ほとんどの犬猫が薬殺焼却されている。それに似ているの
ではないか。養育院へ捨てた子が元気に育つとは期待して
いなかったのではないだろうか。乳児の捨子は満一歳にな
るまでに五〇~九〇パーセント死亡しているという。養育
院によって死亡率が違うのだが、いずれにせよ全部の捨子
が育ったならたちまち収容能力を超えてしまうのは目に見
えている。

ルソーは一七四二年にパリに出てきて、やがて下宿屋の
女中テレーズと深い仲となり、四六年に最初の子供が生ま
れているのだが、この子を養育院へ送り込んでいる。テレ
ーズはしぶるけれども、安飯屋での仲間のあいだでは「孤
児院にいちばんたくさん子供を送りこんだものが、いつも
いちばん賞讃されていた」(『告白』)という風潮のなかで、
すでに三十代半ばだが貧乏だったルソーは、赤ん坊を産婆
の手で養育院へ送って

このときには判別力

staに

いきたい、 自分の人が誰であるかをもし知っていた。

ルソーの五人の子供がもし生きのびていたとして、ま
た、自分の父親が誰であるかをもしも知っていたとしたら
(おそらく知らなかっただろうが)、その子はどう思うだろ
うか。父が自分のために最善の方法を選んでくれたと感謝
するだろうか。

ルソーは五十歳を過ぎたころ、捨てた五人の子供の捜索
を知人にたのんでいるのだが、五人の子供たちの行方は知
れなかったという。

捨てられた子の悲しみと恨みが、ラフカディオ・ハーン
のなかに根深くあったと、平川祐弘が「小泉八雲と霊の世
界」(『文學界』一九九一年三月号)に書いている。ハーンの
父はハーンの四歳のとき、ハーンの母親を離別してギリシ
*へ帰し別の女と再婚した。見かねた大叔母が幼いハーン
を引き取って育てた。ハーンは父から捨てられた子だっ

た。

そのハーンが、「子供を捨てた父」という出雲民話を来
日早々書きとめているという。
平川訳で全文を引く。

もちだのうら

昔、出雲の持田浦という村にある百姓がいた。たいへ んな貧乏暮しで子供が出来るのをおそれていた。それで 妻が子供を生むたびに川へ流してしまった。そして世間 には死産だったと言っておいた。それはある時は男の子 で、ある時は女の子だった。しかしいつも子供は夜、

百姓は僧になった。

この話、もしもルソーが知ったら、捨子が最善の方法と 言えただろうか。

楽になり、土地を買い、金を貯めることも出来

敗戦時の満州(中国東北部)から故郷日本への困難な道
中、幼い子を捨てるほかなかった人びとがいたことは、い
ろいろと語られ書かれている。ほとんどの場合、それを非
雑することはできない。だが、捨てられた子の悲しみは消
えることがないだろう。自分を捨てた親を、恨むにあらず
ただ恋うるのみ、と歌う人もいるのだが、そこにも深い悲
しみが流れている。

親と子とは別人格だ。しかし、そう割り切れるのは子が
育ってからのことだ。何歳までと区切れるものではないけ
れども、幼い子は親を、親は幼い子を、突きはなして見る
ことはむつかしい。

原ひろ子著『子どもの文化人類学』は前にも触れたこと
のある本だが、このなかで、カナダのヘヤー族では育児活
動は「あそぶ」ことのなかに入っていると報告されてい
る。だから父親もよく子供の世話をするという。それは仕
事でなく遊びだからだ。楽しいことだからだ。そういう社
会では愛子はあ ても捨子はありえない。

(この項、了)

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