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の苦しみの軽減を手に入れる。その経緯を証 小・中学校の国語の教科譜編纂に際し、動物 も責められはしない。

の死を含むような暗い内容の文章を採用しに
考えてみれば世の中は、苦しみを少しでも くいため、教材の選択に苦労する、との話も
軽いものとし、手を尽くしてそれを弱める方 聞く。これなども、苦しみや痛みに対する予
向へと動いているようである。最期の近い病防処置の一つといえるかもしれぬ。少しずっ
人に対しては、苦痛を取り除くことまでは無 でも苦痛に触れさせて慣らすことを考えるの
理としても、それを最小限に抑える配慮は医 ではなく、その種の課題を最初から排除して
療面でも払われているのだろう。そしてその しまう。子供や生徒が嫌ったり拒んだりする
種の手当てが自宅では充分に行えぬとした からというより、教える側の大人が怯むので
ら、病者は病院に入れられねばならない。こ はないか。苦しみを教える苦しみからの逃避
の直接的な苦しみの排除と、苦しむ者を見詰 の姿勢がそこに見られる、と考えるのは見当
め続ければならぬ、いわば間接的な苦しみの 違いであろうか。
回避とが結びつき、人は畳の上で死ぬ力を失 世の中全体が、苦しみから身を躱す術に長
ってしまったのではないだろうか。

けて来た。見なければそこには存在しない、
別の見方をすれば、畳の上で死ぬことには という信仰が広まりつつある。そして事実を
自他ともに委しいエネルギーが必要だったの 置去りにしたかかる信仰を支える装置とでも
だ。そして苦しみを遠ざけ、それを避けよう いったものが、大きな規模で生み出されて来
とする正当な努力が、しかし苦しみを直視 た。その装置や仕組みのいずれもが、幸福と
し、苦しみに向き合う力を、いつか人間から か、安心とか、平和とか、休らぎとかを目指
い去る傾向を助長しつつある。

している。つまり、信仰にはそれなりの正当
その問題は、他の場所にも様々な形で顔を 性と物的保証がある。
のぞかせているのではあるま S か。たとえ そして、人は苦しみの消滅に出会う。置の
ば、子供の読む童話や民話の本から、残酷な 上で死ぬことを望むのは、最早どこから見て
光景や死に関わる部分が取り除かれたり、隠 も時代遅れなのである。今や我々は、ろくに
されたりするのだとしたら、これは幼い心か 畳の上で生きてもいないのだからー
ら予め苦しみを遠ざけることによって、苦し
みとつき合う機会を奪う結果となるだろう。

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乃木和泉(

高野由里(

山口美知代(

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る。その回転鉄棒のきしんだひびきと、使い古された各機
械のがたついた唸りと、鉄材を削り研磨する甲高い摩擦音
とが、その薄暗い大空問に絶えまなくまじり合いひびき渡
っている。コンクリートの床には滑り止めの大鎧屑がまか
れているが、汚れた機械油を吸いとっていつも真黒で、地
底の大鉱山を連想させる。

私が配属されたのは、小銃中心部の鉄部品を旋盤やフラ
イス盤で削り切断し研磨する工場である。他に材料の鋼鉄
を鍛造する工場、銃剣を作る工場、銃身の穴をあけて溝を
刻みこむ工場、各部品の組み立て工場など、何十棟もの工
場がつながり連なっていて、最初各工場を歩かされたもの
の、到底その全体像を思い浮かべることもできない、世界
そのもののように奇怪に不規則な群体だ。

とくに全身にこたえたのは、原材料の鉄塊を押し潰して
圧延する巨大機械で、大岩ほどもある四角い鋼鉄体が数メ
ートルの高さから一挙に落下して、騒音をあげ床が一面激
動する。
「眠りかけてフラフラとよろめいたりすると、腕だろうと
頭だろうと一瞬でグシャだ。先週の夜勤のときも......」
中年の班長がそう言って、陰惨に笑った。
そんな強力な鉄の世界のなかで、私自身の感情や思考は
もちろん存在そのものが、私が毎日手にする百個近い部品
のひとつよりも、脆く無意味に偶然でしかない、と否応な

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