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事業の国際化を進めるサンヨーが、 グローバルな視野をもつ人材を育成するため ボストン大学経営学部大学院と共同で、 「国際ビジネスマン養成講座」を開設。 これは日本初のMBA(経営学修士)取得コースで、 一般にも開かれた、国際交流の場でもあります。 神戸の高台にあって絶好の教育環境にも恵まれた 「三洋電機神戸研修センター」で、企業から 派遣された人、個人で受講する人、さまざまな 国籍をもつ未来のエクゼクティブたちが合宿。 すべて英語でおこなわれるハードな授業に参加して 世界に通用する経営手法を学習。 異国のエリートたちと寝食を共にしながら、 幅広い人脈づくりにも意欲的に取り組んでいます。

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最初は目の中に小さな虫でも入ったのかと思った。こす ってもこすっても、目の前に黒い点のようなものが飛ぶ。

双眼鏡を覗いている時も、その黒いものは相変わらず見
えた。烏くらいの大きさになっていた。金木犀の木に囲ま
れた小さな噴水のあたりにちらちらしている。夏には節水
のために止まっていた噴水も勢いよく水しぶきをあげてい
たから、翼が濡れないかと不思議な気がした。それにして
も、かわった形の島だった。

でも、その黒いものに気をとられていたのはほんのわず
かなあいだだった。金木犀の陰にあの人を見つけたのだ。
やっぱり鳥とよく似た色の服を着ていた。噴水を見ている
のだろうと思っていたら、違った。

あの人は噴水を隔てた向こうの金木犀の木の前にいる小
さな男の子を見ているらしかった。あの人が子どもを見つ
めているのはちっとも珍しいことではないのだけれど、焦
点を子どもに当てた時に、あたしは驚いた。

その小さな男の子もあの人を見つめているのだった。二
人は噴水の水を隔てて見つめあっている。見つめると言っ
ても、子どもの視線には、にらみつけるといった方が近い
真剣さが感じられた。対するあの人は、いつものようにた
だ目が離せなくなったというふうに身じろぎもしない。
鳥の形の黒いものが少しずつ双眼鏡の中で大きくなる。

い。だってあの人は髪が長かったはずなのに、男の子に笑 いかけている女の人の髪は短い。それに二人が偶然会った ようにはどうしても思えない。反目と和解の短いシーン は、まるで長く家を留守にしていた母親が子どもを迎えに きたようにしか見えないのだ。

確かめようとすると、視界に黒い鳥が増えてゆく。もう
公園中にいっぱい飛んでいる。

そんなことがあるだろうか。今では二人はごくあたりま
えの親子のように寄りそっている。
「ああ、抱き合ったまま飛んでいくみたいに見える」
そう思った時、心臓が突き上げるように痛んだ。
汗が身体中から吹き上げる気がするけれど、触ってみる
とちっとも濡れていない のだ。ただ胸も腹も、触るとどこ
もかしこもとても冷たい。

あの人じゃあないとしたら、あれはきっと節子だ。節子
が私を迎えにきたのだ。お迎えっていうのは鳥の形でくる
っていうじゃないか。仏壇の方に見えない 目を向けた時、
胸の上から音をたてて双眼鏡が落ちた。

意識は少しずつ戻ってきた。身体の中でひとつでも丈夫
すぎるところがあると、人間はこんなふうに何度も生き返
らなければならない。徐々に呼吸も楽になる。こわごわ目
を開けると、今度は部屋の中にまで鳥が入りこんでいる。

鳴きもせず、無音のまま、ばさばさっと煤の固まりのよ うに黒いものが落ちてくる。

いったいなんだろう。烏しゃ

裕もなく玄関を開けるボタンを押した。 「こんにちは。お邪魔します」

まるでどこにでもいる主婦のような挨拶をしてあの人は 入ってきた。あたしは初めてあの人の声を聞いたのだ。

さっきまで双眼鏡で眺めていたあの人が今、目の前にい ることをたいして不思議に思わなかった。 あの人はあたしの目の前に小さな花を近づけてささや

「神部さんから頼まれてきました。私、城戸っていいま す」

じょうど。確かにそう聞こえた。極楽浄土の浄土なのだ
ろうか。あたしは微笑もうとして、口をつぼめた。不用意
に口をあけるとあたしの中身が出てくるかもしれない。

あの人の名前をやっと知ることができて満足だった。
「あたしはあなたをずっと双眼鏡で見ていましたよ」

喋ろうとするのに声がでない。せっかく会えたというの に。あたしはあの人の顔をじっと見つめることしかできな

い。

「咲さん、どうかしたんですか。大丈夫ですか。あたしが わかりますか」

あの人の声があたしの身体にしみ透る。たしかにあの人 の声だ。あの人の腕が私をゆすぶる。柔らかい肉だ。節子 と同じ。ばらばらになったあの子の身体の中で一番柔らか かった二の腕....。

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