暗い影。ゆうぐれに公園を飛び回る蝙蝠。 あの人はもうすべてを諦めた静かな目であたしを見てい る。ベッドの下に落ちていた双眼鏡を棺の中に置くように そっと置いてささやく。 「これで、毎日何を眺めていらしたんですか。咲さん」 「すべてを」 あたしは最後に答える。蝙蝠の声で。 ひとりで死ぬのはいやだ。はっきりと、あの人の頭にそ 聞かれたら、答えてあげよう。そのためにもう一ヵ月、 なんて説明してあげられたら上出来だ。 もし小学校の低学年だったら、『木を植えた人』の本を 他にも一緒にしてあげられることはたくさんある。秋が んある。たとえば草むらの虫、眠っている鳥。そうだ、騙 私はそんなことを呟きながら、公園の中を歩いていた。 凝ったディテールはいらない。複雑なアリバイとか、ト あの人の最後の連れを誰にするか長い間迷っていた。老 美術骨董品 書画軸買受け 新画・古画・屏風・茶道具・茶掛 |錦絵 書幅 絵巻物 明治版画 蒔絵もの 陶器 漆器 唐銅ブロンズもの 笙・笛 時代衣装鎧兜考古美術品 仏教美術木竹工芸品等 ※ 御蔵品のこ整理は是非当店に御相談下さい。 東京都中野区江古田一一四〇―十四 〒一六五 (図書館通り) 電話 OW(八犬)ORIX・(三三八七一一五四八 FAX 0(べ)ルっ 最時間 M9時0分~26時3分 写楽堂 男の子が何か言おうとして口ごもると、あの人は新しい リフレインを歌い出す。男の子もまた後から唄う。重なっ たり、追いつかれたりしながら二人の声は公園の中を流れ た。流れて、また戻ってきた。もう他にはどんな物音もし なかった。 そこが都内のはずれにある公園の中だということを私も 待っていた夕暮れは静かに近づいて、その罠を狭めてい 男の子が風の音で目覚めたら、添寝をするように隣の技 一晩かけて秋の初めの風に揺すられながら、二人は優し 私の頭の中に小説の最後の文章が浮かぶ。 「これであの人が完全に滅びたと思うのは間違っている。 それは今夜のあの人のことだ。明日になれば、あの人はま た公園にやってくる。あの人に見つめられた人はきっと呟 くだろう。今日もまたあの人が来ている、と」 「もう来ないでくれ」 手術用のベッドに寝かせられた竹井さんのひとことが僕 僕が退院する日と竹井さんの手術の日が重なるなんて、 前日まで竹井さんはいつもの穏やかな顔でそう言ってく 退院する日には仕事でこられないという母親が荷造りを 僕の退院があさって、ということに決まった夜、竹井さ 完熟の処女作「撲滅の賦」 から最後の小説「高丘親 王航海記」まで、警抜な 着想が獲刻の文章で描い とられた怪奇と幻想の名 作をあまねく収録した待 望の綺譚集成、全2巻同 [付録一特別寄稿]中沢 新一・奥野健男・川本三 郎・平出陸・三浦雅士・ 高山宏・松山巌・川村ニ 郎・高橋睦郎・中野美代 子・澁澤龍子/A5判・ 美麗函入・平均560頁/ 【全2巻】 第1弾 既刊 時刊行! 定価各3900円 全金 短恵井 全3巻 第2弾 「近刊 19歳の鮮烈なデビュー作 「愛の生活」から単行本未 収録作品を含む最新作ま で、傑作・問題作を全3巻 に完全収録! 定価各4500円 2月1・1巻、4月1巻刊行 た僕はなんと無神経に公園と公園に通ってくるあの人の話 竹井さんはあの人の話を聞いて、そう言った。 僕は竹井さんの言ったことを思いだしながら、病室を静 |