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た。津崎はただちに家へ引き返した。

ンが抜けるようにだるい。熱があるだけで咳は出ない。 妙にこじれた風邪だった。不安が倍加した。そこへ真紀子 があわただしく帰ってきた。 「何かあったの?」

と訊く。
「こちらが訊きたいね」

津崎が浮かぬ顔で言った。真紀子が買物から帰ってくる
と、警官が三人ハンドマイクを手に走ってくる。何事が起
きたのだろうと思っていると、近所の人が「津崎さんのお
家のほうで何かあったのよ、早く帰りなさい」と言った。
見ると、パトカーが来て、家々の植込みを調べて行く。そ
れで急いで帰ってきた。何だかさっぱり分からない。真紀
子は首をひねったが、買物に不足があるので、今度は手
の狭間町のほうへ行くことになった。表へ出ると、パトカ
1は裏の宇佐美さんの家の前で停っていた。そして、買物
から帰ってきた頃には、パトカーは居なくなっていた。

宇佐美さんの家は、鉄筋三階建てである。地下がガレー
ジになっていた。変った建物で、表はコンクリートの打ち
っぱなしになっている。津崎の口の悪い次男坊雅文は、
「まるで焼却炉だな」と言った。しかし、雅文はその悪口
のあとですぐに「あれがいま新しいんだよ」と付け加え
た。住宅建築の先端をいくようだった。津崎はそういった

婦さんからの連絡で、身内に不幸があったので予約取り消 し、と言われた。このときに察知するべきだったが、真紀 子も津崎も気付かずに過ごしてしまった。そして、土曜日 の朝、葬儀社の車が宇佐美さんの家へ来て停った。

津崎の隣家の野村さんが訪ねてきた。
「どなたにご不幸があったのでしょうか」

真紀子には答えられない。野村さんが帰ると、町会の責
任者が訪ねてきた。同じ質問をする。分からないことは容
えられない。町会の人が帰ると、また近所の人が来た。津
崎の家で訊ねれば、すべて事情が分っていると思われてい
るらしい。津崎も真紀子もじっとしていられなくなった。
野村さんのご主人は、トレーナー姿で葬儀社の人に訊ね
て、冷ややかにあしらわれた。返事は返って来なかった。
直接、宇佐美さんの家へ訊ねに行くことは、はばかられ
る。真紀子は、宇佐美の奥さんとごく親しい柳沢さんを思
い出した。電話をすると柳沢さんは「えっ」と言って驚い
た。何も知らなかったのである。柳沢さんは「早速、これ
から宇佐美さんのところへ行ってみます」と言って電話を
切った。

夕刻、喪服姿の浜島医師が通りかかった。通夜に出るた
めである。真紀子が見つけて、「先生、一体どなたが亡く
なったのでしょうか」と訊ねた。浜島医師は「妹が......」
と言って、顔をそむけた。真紀子は家へ帰ると、柳沢さん

と連絡をとった。この電話で、宇佐美さんの奥さんが亡く
なったことがはっきりした。自殺だった。お通夜に出るこ
とは遠慮したほうがよい、と決った。真紀子は、野村さん
の家を訪ねて、分ったことの話をした。野村さんは「それ
はまたどうして」と言って、絶句した。津崎は風邪がよう
やくおさまったものの、胃腸の具合がよくない。喋み続け
た抗生物質か風邪薬が原因のようだった。そう素人判断を
しておいて、にわかに酒をあたためた。熱燗を飲めば、腹
具合も気分もよくなるのではないかと思った。有に湯豆腐
をつついた。しかし、思ったようにはならなかった。何も
かも湯豆腐のように崩れやすく、索然とした夜が来た。

晴れた冬の日曜日になった。真紀子と野村さんは物陰に
隠れるようにして、お宿のお見送りをした。ほかに近所の
人はいなかった。宇佐美さんとほんとうに親しい人たちだ
けが集ったようである。真紀子は帰って来て「白木の霊柩

車だった」と言った。津崎は新く意味が分からなくて、き
ょとんとした。それから自分に腹を立てた。ひどく過敏に
なっている。それがいやだった。一番つらい のは宇佐美さ
んのご主人である。その悲しみは分かちようがない。津崎
があれこれ考えるのは失礼というものだった。

月曜日、津崎は元気になって出勤した。木曜日、すこし
遅くなって帰ってきた。パトカーが停っていた日から、早
や一週間が過ぎている。宇佐美さんの家に灯がついてい
た。一階から三階までの全部の部屋に灯がともっている。
台所の窓が最も明るかった。人の気配がまるでない。実
際、ほんとうのところ、何事が起きたのだろう。津崎は寒
気を覚えて身霞 S をした。それから急いで家へはいった。
冷えこむ夜だった。

数年の沈黙ののち、ついに出た書き下ろし500枚の長編小説/

歴史の中の、神の恋人たちが、祈り、生き、出会った「土地」の 力に惹きつけられ、求め求めて「神しかない砂漠」へと、フラ

ンス、イタリア、イスラエルを旅する「私」―。 高橋たか子 四六判・三二四賀1600円

3月1日発行)

土地の! 力

女子パウロ会 107.東京都港区赤坂8-12-02 003(3479)394310 35521

太郎とちがって、長男にうまれなかった「桃 次郎」という、これまた別の代表的日本人を えがく。

桃次郎の立場

兄きに似てない 桃次郎
よわむし 寒がり。
ひねくれや
ょいやさきたさ

今年に入って森類の「森家の人びと」(『新 潮』二月号)を読んで、末子の低い位置から

岡山からはなれた第二の都市倉敷にゆくと
盆おどりにうたっているそうである。

兄貴とじいさんにしかられて、桃次郎も鬼
ヶ島まできた。島には桃太郎に殺された鬼の
子どもと、おくさんと、恋人しかのこってい
なかったのだが、こどもの時からしかられつ
づけてきた桃次郎は口ぐせで、ごめんなさい
といって逃げだしたばかりに、つかまってお
しりをぶたれる。その時、桃次郎の腰からこ
ろころと黄色い玉がころがりおち、鬼はそれ
をひろって食べてみるとうま い ので、おか
えしに鬼の殻というぎざぎざの木の実をくれ
た。鬼の娘が言うには、
「わたしたち、鬼の首の代りに、この鬼がら
を桃次郎にあげたのよ」

そして、
「鬼を殺すのも、鬼をこわがるのも、どちら
もひどくまちがっているわ」

「おじいちゃんが、ぼくのひきだしをあけて 見てる」

しかし、その机は、孫がひきつく前は、お
しいちゃんの机だった。その前は、おじいち
ゃんの父親が社長室においていた。

おじいちゃんは、ひきだしからハモニカを
さがしあてて、吹きはじめた。一階では、
「あれがきこえているうちは(降りてこない
から)、安心して仕事ができる」

とおばあさんは夕食の仕度をしていた。そ
のうちに、メロディーまが S の音が流れてく
ると、おばあさんは、突然に包丁をおいて、
ハモニカとおなじようにつかえながら、歌

からひきついだ社長にあったころ、産す 前になった。気の小さいおじいさんは二度に あがってハモニカを吹いた。「バラバラ おちる」だった。おばあさんはいらいらしな がら階下でお祈りをした。そのことがあった 翌々日、昔ハモニカバンドのひとりだった銀 行重役から、借金の都合をつけようという電 話があった。

老人はもうねむっている。そのとなりに、 おばあさんは横になって、歌のつづきを考え た。

う。

かわいた土を やわらかにして きれいな花を 咲かすため

パラパラおちる 雨よ雨よ パラパラパラと なぜおちる

一緒に夕食の仕度をしていた末娘は、おば あさんの顔を見ておどろいた。眼をうるませ ていた。夕食のあと、おじいさんをねせつけ てから、おばあさんは娘にはなした。

昔、キリスト教会の日曜学校で中学生がハ モニカバンドをつくった。おじいさんはその ひとり。仲間が育ってゆき、おじいさんが父

老人は夢の中で、松の木にのぼり、その父 親が会社に出てゆくのを見おくっていた。

この童話みたいな短篇を読んで、ペダン トの小学生としてつっぱってきた私ももう年 買のおさめ時に来たことを感じた。バトンは 桃次郎からふたたび桃太郎にもどされるので はなく、すでにおばあさんの手にわたってい

る。

(了)

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