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百四十年の昔、江戸の下町に生い育ちながら、やがて一
代の作者・曲亭馬琴を扶けるまでに成熟し、その遺志に従
って家を守った健気な一人の女人、法名・操警順節 路霜
大姉の墓は、小石川台地と小日向台地を分ける茗荷谷の深
光寺に在る。

文中、敬称を略しました。
また、引用文の表記は、原文のままでなく、かな使い、漢文
表記など、私意によって改めてあります。

主なる参考文献 馬琴日記

中央公論社 吾佛乃記

八木書店 滝沢路女日記 ビブリア5-8

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散させることができない性質である。そうする前になんと なく疲れてしまって、いつも結局は腑抜けた声を出しなが らゴロゴロして、激しい感情が自分から去ってゆくのを待 つ。 「ホントにもーやー」 力ない声でもう一度呟くと、俊之は目をつぶった。 追突事故を起こしてしまったのは一昨日のことである。

三が試緊なの、と芳佳は言った。しかも語学、まだ受 えてない構文が二十もあるのよねえ、と。

この、少し鼻にかかったような声で語尾を伸ばすのは、
芳佳が俊之に頼みごとをしたいという合図である。俊之の
大学はすでに夏休みに入っていた。

判ったよ。だから俊之は芳佳が口を開く前にそう言っ
た。判ったよ、送ってやるよ。

芳佳にはしめて会ったのは、大学一年の夏休みである。
高校のころにつるんで遊んでいた松田という奴に誘われ
て、高校時代からよく通っていた渋谷の店に飲みに行っ
た。そのとき、松田の彼女が一緒に連れて来たのが芳佳だ
ったのである。

大学に入ったばかりのころに、俊之は昔の彼女と別れ
ていた。相手から長い長い手紙が届いたのには「今どき
......」と思ってちょっとびっくりしたが、俊之の方ももう
そろそろかな、と思っていたので、特に寂しかったわけで
はなかった。その彼女と別れて以来、彼女がほしい、と切
実に願ったこともなかったし、むしろ大学生になってから
の数ヵ月間を結構それなりに楽しく暮らしていた。

だから松田の誘いに乗って出かけて行ったのだって、決
してそういう期待があったから、というわけではなかっ
た。第一、俊之は女の子が来るということさえ知らなかっ
たのである。
それなのに俊之は自分でも驚いてしまったくらいにいき

きなのである。

次の日には電話をかけて、ドライブに誘った。車の中で
キスをした。それが大学一年の夏休みだったから、付きあ
Sはじめてもうそろそろ二年が経とうとしているわけだ。

芳佳は横浜市の郊外にある女子大に通っていた。中学校
から付属校のある私立大学なのだが、よくあるパターン
で、中学と高校は都内の同じ敷地内にあるのに、大学だけ
人数的に収まりきらなくなって郊外に移転してしまったの
である。中学から付属校に行っていた芳佳は、そのことに
対してずっと文句を言い続けている。
「サギみたいなもんよねえ、大学入ったらいきなりこーん
なイナカまで通わなくちゃいけないなんてさあ」

一昨日も芳佳は、ハンドルを握っている俊之の隣りに坐
ってそんなことを言っていた。
「『こーんなイナカ』に通うようになってもう二年以上経
つだろ」

俊之がからかうように言うと、ぶうっと頬をふくらま
す。膝の上には教科書を広げている芳佳だが、そのわりに
構文を覚えようと努力している気配は感じられない。
「電車の中じゃ覚えられないって芳佳が言うから送ってン
だぞ。少しはやらないと意味ねえだろ」

と、
芳佳は少し慌てたようにふくれた頬をもとに戻し、小さな
声で「はーい」と言った。

防備な表情を見せる芳佳か、 俊之はとても好きである。 「じゃあさあ、 じゃあさあ、試験終 ったり ョーズ」 で久しぶりにごはん食べてさあ、そのあとホラあたしがず

っと執着してた表参道のあの店のタペストリー -買いに行
ってさあ、それであたしん家行ってそれ飾って......」

試験が終わ たらやりたい と思っていたことがよほどた
くさん溜まっていたらしい。芳佳はそこまで一気に喋って
から、ふと黙り、さっきと同じ真面目な目つきで俊之の方
を見た。そうして、はしゃいだあとによくある空虚な感じ
の声になって、ほんとうに判らないというように言った。
「......そのあとどうしよっか」

俊之は思わず吹き出した。カワイイなあ、と心底から思
う。白い肩を、ぎゅっと抱きしめたいという衝動的な欲望
に駆られる。
「いいよ、何でも。お前の行きたいとこ行って、お前のや
りたいことやればいいじゃん」

笑ってそう答えながら、しかし俊之は考えていた。今日
は、しよう。

俊之の試験は芳佳より前からはじまっていたし、ゆ
り会うということをずいぶんしていない。最後にいたのは
半月くらいも前だ。芳佳だって、そのことは考えているは
ずだった。

それを考えはじめたらいつもの昂揚感が下腹の方から湧 きあがってきて、俊之は下口唇を前歯で軽く噛んで口唇を

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