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念を押すように言った。 怒りが込み上げてきた。強引にそれを押え込もうとする と、皮肉めいた口調になる。 ーずいぶん詳しいんだな、きみは。

結婚して、家を建てて、離婚すれば、いやでも詳し くなるわ。

十二月に入ってすぐ、ぼくはDDの仕事場に電話を入れ

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留守番電話ではなく、ていねいな口調の女性が出て、 今、おりますから、と答えた。

しばらく! 元気そうな声がきこえた。

―電話を頂いたようだが、あちこち飛び歩いてて、失 礼した。

- 映画祭かい?
ぼくは肝心の質問をためらった。

それもある。
|変な質問をするけど、怒るなよ。きみ、うちのお袋
と電話で話さなかったか?

いつ?
怪訝そうな声だった。
-二週間ぐらい前だな。
なにか、あったのか?

ドリーム・ハウス

見事に分類され、DDらしいと思った。テレビ・モニター やOA機器は少ししかなかった。

天井に貼られた「三つ数えろ」の大きなポスターだけが 現代風の感じをあたえる。

ぼくが見上げていると、
「アシスタントの女の子の好みだ」

と、DDは言った。
「われわれにとってはどうってことない昔のポスターやス
チル写真を珍重するムードがあるんだよ」

中国風屏風によって仕切られた窓側には、アンティーク
らしいテーブルやソファがあった。ソファにかけると、夜
の谷中霊園が見えた。

グレイの上着に焦げ茶のズボンのDDは、日焼けしてい
た。古風な回転椅子に腰をおろし、ベルトを始めた。
「少し肥ったんじゃないか」

傷つけないように気をつけながら、ぼくが言う。
「ずっと、同じだよ。ここ十年ぐらい、まったく変ってい
ない。運動不足なんだ」
「でも、九月に会った時は、痩せてたぜ」
「九月?」

DDはぼくの目を見た。
「きみとは、何年も会っていないしゃないか」
「会ったよ」
ぼくは強く言った。

「説明しようか」と、DDは声を低めた。「ぼくがスーツ を着ていたというのがおかしい

トとズボンが同じ色というのが厭なんだ」
「その日は講演をすると言っていた」
「たとえ講演でも、スーツは着ない。きみが会ったのは、
ぼくじゃないんだよ」
「そんなことはない......」

背を丸め気味にして覗き込むようにしているDDに言っ
た。眩電に似た感覚がぼくの内側にひろがり、ぼくの存在
をあいまいにしようとしている。ソファの背で自分を支え
ながら、「そんなことはないよ」とくりかえした。
「頑固な男だな」

DDは言った。
「なんなら、パスポートを見せようか。ニューヨークに入
った日付がスタンブで押してある。ジャパン・ソサエティ
での講演のパンフレットとか、証明するものはいくらでも
ある」
「いや....」

ぼくは見たくなかった。
「きみは疲れている。ショックが大きすぎたのだ」
DDの口調はやわらかくなった。
この男が〈存在〉した証拠はないものだろうか、と思っ
た。ホテルでのカフェ・オ・レの薄っぺらなレシートとフ
ァクシミリの返事だけのようだ。残念ながら、どちらも破
りすてていた。
「少し休んだ方がいい。ちょっとした旅に出るとかして」

ドリーム・ハウス

疲れているのは確かだった。不眠症がぶりかえし、体重
が減っていた。
「夢の中だったのだ、きみに会ったのは」

自分でも信じていないことを口にした。
「きみは交換殺人を持ちかけてきた。とりあえず、お袋を
殺すというのだ...」
「『見知らぬ乗客』のロバート・ウォーカーの役だな」

DDはかすかに笑った。
「それから?」
「きみに似た男がお袋の家に出没していた」
「それは現実なのか?」
「現実だ」
「それから?」
「お袋が死んだ。本当は入院しなければならなかったのだ
が、妨げる電話が入ったために、変死した」
「電話をかけなかったかと訊いたのは、それか」

DDの顔から笑いが消えた。
「成りゆきを聞くと、きみの疑問がわかる気がする。しか
し、問題は、夢と現実のつながり具合だな。どうして、そ
んな風になったのか」

ぼくは答えない。ぼくが会ったのは確かにDDだったの
だから。
「必要ないと思うけど、いちおう、ぼくのアリバイを話し
ておこう。二週間まえにはハリウッ にいた。証明するも

のは、バスボート、ホテルのレシート、その他、いくらで
もある。ぼくひとりで行っていたわけじゃない。......考え
れば、ハリウッドから電話をかけることもできるのだが、
気になるのだったらKDDを調べてくれ」

ぼくは首を横にふった。
「夢の中のことは、もう、どうでもいい。現実のことを訊
きたい。きみはお袋と何を話していたのだ」
「何って?」
「お袋のテレフォン・リストに、いいの電話番号が書いて
あった」
「知ってたのか」

DDはそう驚かなかった。
「今度わかったんだ」
「じゃ、話そう。......いつだったか、お母さんから電話が
あった。ここの番号は文藝手帖に出ているし、104でも
わかる。それでも、お母さんは苦労して調べたと言ってい
た」
「ぼくも104できいた」
「断っておくが、ぼくはきみのお母さんに電話をしたこと
は一度もない。お母さんは電話を欲しがったが、ぼくはか
けなかった。きれいにいえばモラルの問題だが、本音は巻
き込まれたくなかった。きみのブライヴァシーに関するこ
とだからだ。もう、わかっただろ?」
「だいたいは......」

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ないかという気がした。誠実であると同時に、彼は意外性 に充ちた性格であった。人間的魅力は、その矛盾から発し ている。 「お土産を見せよう」

DDは立ち上り、スチールのロッカーをあけて、カラフ
ルなケース入りのヴィデオ・カセットを抱えあげた。

テーブルに置かれたヴィデオの背では、第二次大戦中の
ピンナップ・ガール、ベティ・グレイブルが黄色い水着を
着てポーズを作っていた。うしろ向きになって顔だけこち
らに向けているトレード・マークのポーズは、何度か見た
ことがあった。
「ヴィデオ屋に入ったら、ベティ・グレイブルの作品を九
本まとめて売ってたので、買ってしまった」

DDの気持はよくわかった。アメリカ兵たちが熱狂した
時代の彼女の作品は、ぼくの少年時代には一本しか公開さ
れていない。それだけに、われわれにとって正体不明の女
優の全貌を知りたい気持が残っていた。
「九本買うといったら、レジの黒人が変な顔をしたよ」
「そうだろうな」

一番上の「ダウン・アルゼンチン・ウェイ」を手にとっ
てみた。

題名だけは何度も目にしているので、映画のイメージが ぼくの頭にでき上っていた。カルメン・ミランダ共演で は、華麗きわまるダンスを想像しないわけにいかない。

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