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とりあえず、ぼく自身について語ったほうがいいだろう。
ホテルのレジストレーション・カードの職業欄には、作家〉と書きこむこ
とにしている。ほかに書きようがないのだ。

二十年ほどまえに、ある新人賞の候補になったことがあり―四十に近かっ
たから、友人たちに〈新人〉とは厚かましいと冷やかされたー、いらい、
〈作家〉を名乗るようになった。

そう名乗ることによって、ぼくは地方のテレビの人生相談番組に出たり、講
演をするようになった。カリフォルニア・ワイン推薦の文章を書き、マドンナ
の日本公演の感想文を書いた。

小説は、といえば、中篇を年に二つか三つ、書くだけだった。もともとノン フィクション作家になろうとしていたのが、なにかの間違いで新人賞の候補に

T

とっびな言い方をするようだが、ぼくは〈偉大なる日本
小説〉を書く決心をした。

考えに考えたあげく、それは〈迫害される芸術家の生
涯〉を描く大長篇になるはずであった。主人公は三蔵にし
て作家たる資質を自覚し、東京大空襲のさなかにも小説を
書きつづける。敗戦直後の停電の中で、頭髪をロウソクの
火で半分失いながら、数百枚の長篇小説を完成する。幸
い、天才探しの名人である編集者によって、原稿は活字に
なるが、母親の胎内にいた時の記憶〉を描く発端部分が、
私小説リアリズムの〈巨匠〉によって「虚偽の臭ひ」と決
めつけられ、十三歳にして挫折を体験する。―これが大
長篇のはじまりである。

どのような迫害にもめげぬ超天才作家を描こうとする小
説の構想を、ぼくは誰にも話していない。ぼくだけに通し
る言葉でいえば、それは〈若き日のウディ・アレンが演し
る「ジャン・クリストフ」〉であった。誰かに説明しよう
としても、この言葉しか出てこない。

問題は、ぼくが「ジャン・クリストフ」を読んでいない
ことであった。

ぼくが若かったころ、「ジャン・クリストフ」は必読の 書とされていた。音楽家である主人公がヨーロッパをさま よいつつ成長し、デモニッシュな創造力に生きる、〈たん なる文芸作品ではなく、一つの信仰の書〉であるらしいこ

ドリーム・ハウス

間を蹴り上げた。その蹴り方はハウス・メイドにふさわし
く力強いもので、おまけに「ジャン・クリストフ」(何巻
目かは定かではない)でぼくの頬を打った。股間はしばら
く腫れており、ぼくは「ジャン・クリストフ」に良い感情
を持たなくなった。
〈不幸な出会い〉はそれだけではない。

何年かたって東京に戻り、小さな広告代理店で働いてい
たころ、ぼくはアメリカ映画の宣伝部に属する娘と知り合
いになった。派手な印象をあたえる彼女は、印象とは裏腹
に、地味な詩を書いていた。ぼくには見せなかったが、
〈その方面では有望視されている〉ことを、年長の詩人が
そっと教えてくれた。

彼女とどんな話をしたかは、すっかり忘れている。どん
な映画を観たか、どういう食事をしたかも忘れてしまっ
た。〈男は、二人の関係が進展するのに、もっと貴重であ
ったはずの、感情の流れなどは忘れてしまう〉とイタリア
の社会学者が言いきっているが、ぼくの場合もまさしくそ
うだ。学者が指摘するように、〈官能的な部分〉しか覚え
ていない。

彼女の言葉はいつもブッキッシュで、ぼくには少々滑稽
に思われた。表通りは〈光が流れる場所〉であり、木立ち
の多いところは〈体〉であった。たしかに、当時の東京に
は暗がりが多かったが、《森》というようなものではない。
ある夜、激情に駆られたぼくは、皇居に近い〈森〉の中

「その質問をされるのは六回目だわ」

彼女はデスクの上の現金書留の束を片手で押さえながら
荘重に答えた。原稿料の銀行振込というシステムはまだな
かった。
「もうすぐ、読むことになるわ。架空の落語家の芸道もの
を書かなきゃならないの」

彼女はレースのカーテンの向うの雨を見た。
「芸道もの、ですか」
「そう。『ジャン・クリストフ』は音楽家の芸道も
ょう。なにか、ヒントが得られると思うわ」

そういう読み方もあるのか、とぼくは思った。数冊の
「ジャン・クリストフ」が気の毒になった。
「雨が降ると、むしゃくしゃする。お酒、飲まない?」

仕事の話はすんでいた。ビールなら、と、ぼくは言っ
た。

ぼくはビールを飲み、彼女はウイスキーをビールで割っ
て飲んだ。

三十分後に、彼女の酒癖がわかった。ぼくのももに顔を
すりつけ、ファスナーをあけようとするのだ。ぼくは拒ん
だが、四十に近いはずの彼女は力が強く、身動きができな
かった。

ドア・チャイムが鳴った。うるさいわね、と彼女はっ
たが、急に力を弛めた。おれだ、何をやってるんだ、とい
う声が響き渡った。

幸い、怪我はなかった。腰を打っていたが、歩けぬほど
ではない。見上げると、書斎の窓はしめられ、白いカーテ
ンしか見えなかった。

それから間もなく、「メリー・ポピンズ」という映画が
封切られたが、傘をさして空をゆく女のボスターを見るた
びに、ぼくは腹を立てた。

声の主は心当りがあった。民放局の実力プロデューサー で、彼女の恋人と噂されている男だった。

何が起っても、ぼくの責任ではなかった。ぼくは平気だ
った。

放送作家は驚くほどの早さで玄関に走り、ぼくの傘と靴
を持ってきた。
「さ、帰って!」
「どこからですか?」
「決ってるじゃないの。そこの窓よ」
「でも.....」
「二階だから飛びおりても大丈夫。こわかったら、傘をさ
せば?」
「冗談じゃない......」

ぼくはむっとした。玄関から堂々と出てゆくべきだと思
った。
「あの人は体育会系よ。オリンピックのためにレスリング
をやってたのよ」
ドアを叩く音が強くなった。
彼女は窓をあけ放った。ぼくは狭いヴェランダに出て、
端の手すりに傘の柄をかけた。極端に痩せ細っていたぼく
は、折り畳んだ傘につかまりながら、地上におり立てると
みたのだ。

そうはいかなかった。柄だけが手すりに残り、ぼくは傘
ごと、コンクリ の床に落下した。

月に一日か二日、ぼくは都心の、国会議事堂から皇居の
緑までを見渡せる高層ホテルに泊ることにしている。

部屋はそれほど広くはないが、壁のあちこちに嵌め込ま
れた鏡のために、実際より広く感じられる。いつぁ同じ部
屋を指定するのは、そこが自分に属することを確認するた
めである。

Tシャツだけで寛げる空間、地上百数十メートルに浮く
架空の部屋、晴天だろうが台風だろうが関係ない場所は、
精神衛生上、必要なものだ。

貧乏ったらしい話は、ぼくの趣味ではないのだが、ここ
らで語っておいた方がいいだろう。

ぼくが借りているマンションは、新宿と渋谷から私鉄で
十分ぐらいの乗り換え駅の近くにある殺風景な建物で、い
わゆる2LDKだ。独身のサラリーマンにとっては充分な
ものかも知れないが、あいにく、ぼくはサラリーマンでは
ない。
寝室を含む二部屋は本の山で、少しよろけただけで、三

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