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、夜となれば屋上

この大きなカジノの左右両側にホテルが一つずつあっ
た。堂堂として都会的なオテル・ロワイヤル。そして、藤
田夫妻が泊った田舎風のオテル・ノルマンジー。田舎風の
方の窓枠は、白い壁に古い栗色の柱が露出したところがあ
り、そのあたりに野薔薇やゼラニウムが咲き乱れている光
景には、忘れていたような詩的な風情があった。

大きなカジノから海の方を眺めると、まず手前には綺麗
な芝生の庭があり、その左右に数多くのテニス・コートが
あった。その先の海辺にはほぼ横二列になって、海水浴や
砂浜の遊びのための海小屋がいっぱい並んでいる。この二
列のあいだには、小さな中庭や噴水があった。これらの先
は波打ち際である。

海水浴は正午前の二時間ほどのあいだに行われ て い た
が、夏を楽しみにきた客たちにとっていわば思い出の核と
なるような海に入っている時間は案外短く、五分ぐらいか
ら長くても三十分ぐらいまでであった。ほかのさまざまな
遊びや休息のために、それ以上の時間はかけられないとい
うか、それとも、海水を浴びたまま裸の皮膚が強い日光に
曝されるのは美容のためによくないというか、そんな雰囲
気であった。

クラブがあって、玩具のように色とりどりのヨ
ットを波打ち際の近くの海にたくさん浮かべており、若い
人たち 仲間を組んで乗り込んだヨットかいくっか、近く

ヨット

の海に開い分団気をかもしだしていた。沖の方へ出て行

でに記した本番。

嗣治のためには、すでに記した水着。
このドーヴィルの日日の光景はいくつかの写真になって
残っている。 フランソワ・アンドレは宣伝のために「ノル
マンディーのリヴィエラについて」という雑誌を出して、
ドーヴィルによくやってくる有名人のウィンストン・チャ
ーチル、ヴァン・ドンゲン、ドリー・シスターズなどの写
真を載せていたから、嗣治がだれかと、あるいは一人でな
にかをしているところをさかんに撮影し、そのいくつかを
宣伝のために雑誌で使ったのではないかと想像される。つ
まり、そういう形を通して写真が長く残ったと思われるの
である。

シュジー・ソリドールがいま述べた海の網とコルクの前
飾りをつけた水着を着て、おまけに両方の手首には前飾り
におけるものと同じコルクを並べた輪を嵌め、大きな犬を
連れて活にゆったり立っている。そうした彼女に向かい合
って、嗣治は横縞のランニングシャツに自分で作った風
変りなズボンという恰好をし、棍棒ほどもある馬鹿でかい
鉛筆を右肩にかついで立っている。そんな写真がある。
嗣治が幼児用のような小さな自転車を漕いでいる写真も

ある。

興味深く感じられるのは、嗣治とユキが親しくしている 写真が三枚ほどあり、そこには屈託のなさそうな、楽しげ な雰囲気が漂っていることだ。一枚は砂浜における二人だ けの光景である。(もっとも、その周りの人びとがいくら

かは写っている。) ごく軽装の二人はごく近くで向かい合
っているが、帽子を被ったユキは仰向けに寝て両脚をひろ
げ、両手は嗣治の両手の甲のあたりをそれぞれ掴んで頭だ
けを起こし、微笑んでいる。顔や腕などすっかり日に焼け
た感じの嗣治は、両脚をひろげて座っている。彼女の二つ
の展ら脛が、彼の二つの腿のうえにそれぞれ気楽な感じで
乗せられている。これは性愛の前戯のようにも見える形で
ある。

もう一枚も砂浜の光景だが、とれは海の小屋を後ろにし
て、向かって右から女、女、女、男、女、女、女、男とい
う水着姿または軽装の八人の横の一列が、肩を組み合って
笑いながら、それぞれの片脚をばらばらの角度で高く上げ
たところである。中央の男女が嗣治とユキで、どちらも笑
いが抑えられないといった顔をしている。

さらにもう一枚は、カフェの一隅で、飲みものを載せた
テーブルを前に、二人が椅子に座っているところである。
ユキはなにかを見ているらしいが、帽子を深く被っている
ので、その横顔の表情はわからない。嗣治は組んだ両脚の
うえに帽子を置いて、右手の指にシガレットを挟み、なに
かをじっと見ている。ちょっと感興がとぎれた生活のある
時間が出ているようなぐあい しかし、苛立たしい分
囲気はなく、落ち着いている感じだ。
これら三枚の写真には、もちろん、撮影 る側からもさ

加わっていよう。しかし、これらの写真の場合、そうした
演出や演技が生活の真実をぎっているというふうには感
じられない。

写真を通して眺められる嗣治とユキのあいだの和やか
さ、陸まじさ、落ち着きは、たぶんドーヴィルにおいて妻
の酊や浪費がなかったことに大きくかかわっていよう。
フランソワ・アンドレが招待したのは藤田夫妻の二人であ
り、そこにマドレーヌ・アンスバッシュはわりこめなかっ
たはずである。かりにマドが同行を望んだとしても、嗣治
はその頼みを受け容れなかったろう。自分たちの夫婦生活
にある乱れが生したことについて、彼はその責任のなかば
は はマドにあると思っていただろうし、とにかく彼女には好
意をもたなかったように見える。

パリの生活空間から離れ、気分を一新させてくれるよう
な夏の海の傍らで、邪魔をする人間もなく、久しぶりに二
人は昔のような親愛を取り戻したということであったかも
しれない。

ユキは後年このときの楽しさを回想してこんなふうに書
いている。

ドーヴィルには大きな魅力があった。アンドレのお かげで、人びとはそこにいて自分は自由だと感したからで ある。カジノに行くのも行かないのも自由であったし、寝 るので起きるのも何時であろうと自由であった。また、

れる側からもなんらかの程度に行われるよそゆきの工夫が

くぶん緩やかなものに変わっていたことだけは確かだろ

う。

これにたいしてユキはどうであったかというと、生活の
雰囲気も周囲の人びともほとんどまったく新しくなった環
境のなかで、酒を飲みすぎて酔いつぶれたり、服装や飲食
に金を浪費したりする機会をおのずから奪われ、いってみ
れば放埒な自由を忘れていた。そして、海辺の健康な遊び
やサロンの談笑を中心にして、やはりのんびりと穏やかに
気ままでときに無為であることの自由へいくらかは近づい
ていたはずである。

二人とも緑の羅紗を張ったテーブルを囲んでするバカラ
やルーレットの賭博には惹かれなかった。そこに落ち込ん
だら、ドーヴィルが隠している大きなデカダンスの罠にか
かったかもしれない。嗣治は静かな傍観者の調子で、賭博
といえば、ニースやモンテカルロには失望して自滅する人
が少なくないが、ここドーヴィルには敗けて自殺する人が
いない、それは南フランスの場合無理算段して賭ける人が
多いからだろう、というふうに書いている。

ユキのパリの生活はしばらく前から、先に引用した彼女
自身の言葉に従っていえば、日中の時間は 嗣治、彼の画
業、そして彼の交際のために充てられ、夜の時間はマドと
の遊びのために充てられるという形が基本になっていた。
これがドーヴィルにやってくると変化し、夜の時間もまた
嗣治とともに過ごすのが基本の形となったわけである。

ド・ブレモン・ダルスと、そこに来合わせた歌手のシュジ
ー・ソリドールの肖像画なども描いている。これら二つの
肖像画はパリに戻って完成されたとも見られている

パリを出てやってきたが、昼食のアントレに好物の豚の尻
尾の網焼きを注文しており、藤田夫妻や招待主といっしょ
のテーブルで健啖ぶりを示した。彼女はまた話し上手でも
あった。ドーヴィルの賭博のことから連想したのか、娘の
とろ夏のニースに行き、ルーレットのことはまったく知ら
ないのに、友だちが大きく儲けるのを眼前に見て、自分の
帽子の裏に貯めていたかなりの金を一度に全部賭け、その
途端すっからかんになったという辛い思い出を巧みに語っ
た。

とても暑い日であったので、昼食のあと藤田夫妻は昼寝
したが、五十代に入っているミスタンゲットは疲れを知ら
ないかのように元気であった。彼女はそのまま馬場に行っ
て撮影されたり、ファンにサインしたりした。そして、嗣
治がまた姿をあらわすと、二人でいっしょに海岸の方に出
て、カメラを前にし、立ったまま頬を寄せ合って抱き合
い、顔はカメラに向けるというポーズをつくった。

ミスタンゲットはやがてまた自動車に乗り、カジノ・ド
・パリにおける公演のためパリに向かった。一日の閑もな
いといった恐ろしいほど忙しそうな、しかしまた、自信に
溢れて得意そうな姿であった。
治とユキはドーヴ

ルに滞在したあと、ブルターニュ
北岸からわずかに離れているブレア島に行った。そこで
は、美術評論家の

セルツとその家族が藤田夫妻を

待っていた。

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