鄉土の歴史: 九州編宝文館, 1959 |
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... 地頭に任命され、その子長頼は人吉荘に、宗頼は山鹿郡泉新荘に、頼平は玉名郡山北に地頭として土着した。このように任命された本補地頭のうち、建久二年(一一九一)益城郡六箇荘の地頭になった源業政は、六箇荘内小山の住人であり、また建久四年(一一九三) ...
... 地頭に任命され、その子長頼は人吉荘に、宗頼は山鹿郡泉新荘に、頼平は玉名郡山北に地頭として土着した。このように任命された本補地頭のうち、建久二年(一一九一)益城郡六箇荘の地頭になった源業政は、六箇荘内小山の住人であり、また建久四年(一一九三) ...
259 ページ
... 地頭職を獲得しなければならなかった。しかしすでに見たように、国内の荘公には平安時代以来の国侍が地頭として存在す前にる以上、地頭職の獲得は決して容易には運ばない。述べた九州の総地頭は、名主の御家人=地頭化という在地の状況に即応して、幕府が ...
... 地頭職を獲得しなければならなかった。しかしすでに見たように、国内の荘公には平安時代以来の国侍が地頭として存在す前にる以上、地頭職の獲得は決して容易には運ばない。述べた九州の総地頭は、名主の御家人=地頭化という在地の状況に即応して、幕府が ...
421 ページ
... 地頭仮屋(大体町村役場に維新後はなつた)で郷 とおりみまいはぜこうぞみまいほぐし集落の行政的. ちなりき与力の九家格で準士として足軽がその下にいた。寄合並以上を大身分と称し、云わば上士に当るわけである。外城制度げんな元和(元和元年=一六一五) ...
... 地頭仮屋(大体町村役場に維新後はなつた)で郷 とおりみまいはぜこうぞみまいほぐし集落の行政的. ちなりき与力の九家格で準士として足軽がその下にいた。寄合並以上を大身分と称し、云わば上士に当るわけである。外城制度げんな元和(元和元年=一六一五) ...
多く使われている語句
あっ あり いた かれ ここ ころ させ つて という とし となり なかっ なっ など なる において における によって また まで より られ られる ろう われ 伊東氏 一揆 宇佐 臼杵 家臣 関係 宮崎 宮崎県 九州 熊本 慶長 古墳 考え 佐賀県 佐賀藩 薩摩 支配 時代 鹿児島 守護 秀吉 少弐 少弐氏 松浦 松浦党 勢力 政治 政府 荘園 多く 対し 大宰府 大分 大分郡 大名 大友 大友氏 地頭 地方 中国 中心 長崎 島原 島津氏 当時 鍋島氏 日向 日本 農民 博多 発展 藩主 藩政 肥後 肥前 百姓 武士 福岡 文化 平戸 平戸藩 豊後 貿易 幕府 明治 琉球 龍造寺 龍造寺氏 領主 飫肥