Nihon koten bungaku zenshū, 第 34 巻Shōgakkan, 1970 |
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... かかるぞとよ。なにはづ 10 シテ「うたてやな難波津の春ならば、ただ木の花とこそ仰せあなかかうべるべきに、今は春べも半ばぞかし。梅花を折って頭に 111 じげっば、さしさ插まざれども、二月の雪は衣に落つ(囃子方のほうへ向いて杖一三に左手を添える) ...
... かかるぞとよ。なにはづ 10 シテ「うたてやな難波津の春ならば、ただ木の花とこそ仰せあなかかうべるべきに、今は春べも半ばぞかし。梅花を折って頭に 111 じげっば、さしさ插まざれども、二月の雪は衣に落つ(囃子方のほうへ向いて杖一三に左手を添える) ...
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... かかるらじっさりくわん(揚幕のほうを望む)、日想観なれば曇波の(正面先へ行く)、あはぢじますまあかし淡路絵島須磨明石(見 ... かかる、淡路島山』と、(俊徳丸)俊徳丸「詠んだのは月影の落ちるころ、地「それは月影の落ちかかるころの歌、(俊徳丸)今は入 ...
... かかるらじっさりくわん(揚幕のほうを望む)、日想観なれば曇波の(正面先へ行く)、あはぢじますまあかし淡路絵島須磨明石(見 ... かかる、淡路島山』と、(俊徳丸)俊徳丸「詠んだのは月影の落ちるころ、地「それは月影の落ちかかるころの歌、(俊徳丸)今は入 ...
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... かかる橋。歌枕。現在新淀川・中津川にかかる橋をいうが、かつての架橋の位置は明らかでない。の弱法師とて(足拍子を踏む)、人は笑ひ(見まわす)。思へば恥かしやな(面を伏せる)、今は狂ひ演出もある。なお、アイとぶつかる場合は、安座したシテをアイが ...
... かかる橋。歌枕。現在新淀川・中津川にかかる橋をいうが、かつての架橋の位置は明らかでない。の弱法師とて(足拍子を踏む)、人は笑ひ(見まわす)。思へば恥かしやな(面を伏せる)、今は狂ひ演出もある。なお、アイとぶつかる場合は、安座したシテをアイが ...