鄉土の歴史, 第 2 巻宝文館, 1959 |
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100 ページ
... 江戸の増上寺・鹿島屋等を蔵元とし、地元においては井筒屋・鍵屋・近江屋等の財閥を御用達として融通を得なければその運営は困難であった。それも必ずしも円滑に行かず、江戸の綿屋の負債償還が出来ず、係官二名が自殺する所まで追い込まれた。従つて屡々 ...
... 江戸の増上寺・鹿島屋等を蔵元とし、地元においては井筒屋・鍵屋・近江屋等の財閥を御用達として融通を得なければその運営は困難であった。それも必ずしも円滑に行かず、江戸の綿屋の負債償還が出来ず、係官二名が自殺する所まで追い込まれた。従つて屡々 ...
230 ページ
... 江戸時代の中頃にかけて繁昌していた金山は赤湯附近にあったから、所々に当時の石臼が残っている。山形領内では玉野の延沢 ... 江戸で入札させた折は、五年分を四万七千両で落札した記録が残っているから、その繁昌振りが伺われる。鍛冶町・江戸町・本町 ...
... 江戸時代の中頃にかけて繁昌していた金山は赤湯附近にあったから、所々に当時の石臼が残っている。山形領内では玉野の延沢 ... 江戸で入札させた折は、五年分を四万七千両で落札した記録が残っているから、その繁昌振りが伺われる。鍛冶町・江戸町・本町 ...
239 ページ
... 江戸迄の海路は西廻りでは七一三里、東廻りで四一七里とされていたが、享和六年(一八〇六)には米百石の運賃が東廻りで十九両、西廻りで十七両二分、寛政元年(一七八九)には東廻りで二十二両二分、西廻りで二十一両、大阪迄は十六両であった。当時は土崎 ...
... 江戸迄の海路は西廻りでは七一三里、東廻りで四一七里とされていたが、享和六年(一八〇六)には米百石の運賃が東廻りで十九両、西廻りで十七両二分、寛政元年(一七八九)には東廻りで二十二両二分、西廻りで二十一両、大阪迄は十六両であった。当時は土崎 ...
多く使われている語句
あっ あり ここ さらに つて でも という とし となり なかっ なけれ なっ など なる において によって による また まで より られ られる ろう われ 安東氏 伊達 伊達郡 伊達氏 一揆 遠田郡 奥羽 奥州 蝦夷 会津 会津藩 開拓 鎌倉 寛永 岩手 宮城 慶長 経営 経済 検地 県内 古墳 江戸 豪族 佐竹氏 山形 産業 支配 時代 秋田 秋田藩 出羽 出羽国 商人 小作 神社 勢力 政治 政宗 政府 生活 生産 仙台藩 多く 地主 地頭 地方 中心 津軽 天皇 土器 土地 東北 当時 藤原 縄文 南部 南部氏 南部藩 年貢 農業 農民 百姓 武士 福島 文化 平泉 幕府 名取郡 明治 陸奥 陸奥国