に土地の大半を処分して、亮たちは現在の賃貸マンション 義弟からの電話がある前、マンションの台所で大きな物 義弟からの電話を受けて、病院に向かうまで、どのよう た跡を一度も訪れていない。近くに住む弟とは電話で連絡 それでもいいから、と葉子は時折思い出したように完に 今でも時折かつての家の夢をみることがある。夢の中で あったものの、街にはまだ外食券食堂の看板も残ってい て、炊きたてのおにぎりなど精一杯のふるまいではなかっ たか。佐山の話を聞いていると、なるほど旨そうだと思っ たが、亮にはその記憶もない。ただ、友人たちが来ると大 童わで接待につとめる母の様子はぼんやりとながら思い浮 かべることが出来た。時にはそれが卑屈にさえ感じられて 苦々しく思ったことも覚えている。それでいて、接待の仕 方に行き届かないところがあると不機嫌になって母をオロ オロさせたりしたものだ。 「おれ、家の間取りまではっきり覚えているよ」 佐山が内緒事に触れるような愉悦を含んだ口ぶりで言っ た。 「玄関は引き戸で、片方が開かなかったな」 「ああ、立て付けが悪かったんだ」 しかし、引き戸であったのは大分以前のことで、その後 八畳分の洋間を増築して玄関の位置は変り、戸も洋式のド アになった。けれども亮はそのことを佐山に話さなかっ た。何もかも知られてなるものかと依店地な気分もはたら いた。 「玄関を入ると、左手が四畳半。おれはそこに泊めてもら った。右手のつきあたりがたしか便所だったな。手を洗う ところが水道でなく、昔の、何ていうんだ、手をあてると ポタポタ水がしたたり落ちてくるブリキのタンクでさ」 「あの頃は汲取りだったんでね。それに水道もまだひいて なくて、裏の井戸をポンプで汲み上げて使ってた」 |